『エピローグ』
翌朝、真司の遺体が墓地で発見されて、身元確認のために真奈美は兄の遺体と対面していた。兄夫婦を亡くしたのは悲しい事だが、遺体だけでも無事に発見されて弔う事が出来ることと、祓えないと諦めていた怨霊も呆気無く突然現れた女子高生に祓われて、真奈美はこれでやっと普段の生活に戻れそうだと安堵していた。そして、真澄の調べで怨霊の正体は、あの墓地の荒れ果てた大きな墓に眠る一族だった。一族のことを詳しく調べた結果、話は昭和初期まで遡りこの辺り一体の大地主だった一族が戦後にそれは酷い地上げに合い、一族の者たちそれぞれが非業の死を遂げていた。地上げを行った人たち全ての子孫を末代まで祟ると、血文字で書かれた遺書を残して一族の主は焼身自殺をしたそうだ。そして、あの『1111号室』に関わって殺されたり、精神崩壊を遂げた者たちは全て、その地上げに関わった者たちの子孫だったのだ。
修子と宗庵は自分たちでは太刀打ち出来ない怨霊を、意図も簡単に女子高生に祓われてしまい自分たちの能力の低さを思い知って、今回ばかりは肩をガックリと落としていた。特に修子はもと相棒であり、恋人であった龍安に助けられたという事実がショックだった。お互い祓い屋として能力の違いから一方的な修子の思い込みで、八年前に龍安に別れを告げてから修子は龍安に一度も連絡はしていなかった。宗庵の元で祓い屋を続けていたのも、宗庵が龍安とは全く違った考えを持っていて、龍安との繋がりが無いと聞いていたからだった。
「どうして龍安の連絡先を直之が知っていたの? どうして?」
「えっ? 父さんから貰った住所録のデータに記載されていて、随分前に僕のパソコンに移しておいたのさ! やっぱり嫌だった? 修子さんとは能力の全く違う凄い祓い屋だったって、父さんは僕に良く話してくれていたんだよ。だから、マジで神にもすがる思いで連絡したんだけど(苦笑)」
結果的にその直之の機転に修子は救われてしまったのだから、感謝するしか無かった。
真澄と光はその他の『1111号室』に縛られていた全ての魂も、白い光の向こうへ開放して無事に仕事を終えて帰り支度をしていた。
「それでは、今回はこれで失礼させて頂きます。この後、もう一件依頼を片付けて戻らないと行けないのでね。慌しくて申し訳有りません。修子さんの方から兄にまた連絡を入れてやって頂けると、兄もきっと喜びますよ」
「相変わらず、お忙しいのですね。何のお構いも出来なくてごめんなさい。お兄様には近い内にお礼にお伺いしますとお伝え下さい。出来れば顔を見てお礼を言わせて貰いたいの」
修子は少し苦笑すると真澄に深く頭を下げてお礼を言っていた。
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「ねぇ~! もしかして、あの修子さんって龍安師匠の元カノなの?」
「フフフ。闇子さんは鋭いですね」
次の依頼者の所へ移動中の車中で、闇子は光が聞きたくても聞けないでいる疑問を真澄にあっけらかんと問うと、真澄はクスクスと肩を震わせて笑いながら答えていた。
「それにしても……。あの二人のあの唖然とした顔が私は可笑しくて笑いを堪えるのが大変でした。同じ祓い屋として意図も簡単にあの邪悪で厄介な悪霊を、ほぼ一撃で、しかも女子高生に祓われてしまうなんて、フフフ。暫くあの二人。立ち直れないでしょうね」
「ちょっと! 真澄さんもそこまで言わんでも……フフフフ」
闇子が怨霊をほぼ一撃で祓い、その横で唖然と硬直していた修子と宗庵を思い出して真澄がクスクスと笑うので、光もつられて堪え切れずに笑っていた。
「あの二人と我々とでは能力が違い過ぎますからね。修子さんもきっとそれで兄の事を理解出来なくなって離れていってしまったのでしょうね。闇子さんや光さんなんて、もっと人間離れしていますからね。きっと、頭の中がパニックですよ! ククククッ」
「あっ! また笑ってる。しかも、私と闇子ちゃんを化け物みたいに言って! なんか腹立つ!」
光は笑っている真澄の背中を今度は思いっ切りバシバシ叩いていた。
「もう~! どうでもいいけど。いちゃつくのは二人っきりになってからにして下さい!」
「いちゃついてないって! 真澄さんがうちらを化け物みたいに言うて笑うからやん!」
光が必死に闇子に言い訳をして真澄にまた食って掛かっていた。それを見ている闇子は少し楽しそうにも見えた。闇子は嫌がっているような態度を取りつつも、この二人をいつも羨ましく思って見ているのだった。そして残りの依頼をさっさと片付けて、闇子は叔父の龍之介が迎えに来たので気を利かせて暫くは龍之介の家に滞在すると二人に告げて帰って行った。真澄と光は新婚旅行も真澄が多忙の為に行けず仕舞いだったので、真澄は帰る道中を二人で観光しながらのんびり神戸へ帰る事に決めてスマホからホテルに予約を入れていた。
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そして事件が解決してから半月後のある日。修子が龍安にお礼を直接伝えるために屋敷へやって来ていた。龍安は以前と変わらず快く優しい笑顔で修子を迎え入れていた。
「本当に有難うございました。甥っ子の直之がまさか貴方の連絡先を知っていたなんて、思いもしなかったので少し驚きました。突然の事だったのにお忙しい中を快く引き受けて頂けて本当に救われました」
「フフフ。修子さんは知らなかったかも知れませんが、直之君のお父様……。貴方のお兄様には定期的にご連絡を頂いていたので、今回もあまり私は驚かなかったのですよ」
修子は自分の知らない所で、兄が龍安に連絡を取っていた事を知って少し驚いたが心配性の兄ならやりかねないと思い少し苦笑いをしていた。
「何か修子さんに困ったことが起きた時には宜しくと言われていましたので、私は約束を果たしたまでのことです。あまり気に病まないで下さいね」
「貴方は、変わらないのね。いつでも貴方に私の全てを見透かされているようで私は怖くなって貴方から逃げ出してしまったのに。本当にお人好しなんだから」
修子が涙を拭いながら龍安に少し嫌味を返すと、龍安はクスクスと笑って立ち上がって修子を優しく抱きしめていた。
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そして、直之と真奈美はその後、直之の猛烈なアプローチに真奈美が根負けした形で交際が始まり、半年後には結婚する事に決まっていた。真奈美は修子や宗庵師匠に祓い屋を本業にしないかと話を持ちかけられたが、二人には丁重に断りを入れて、直之が経営する小さな建築会社の事務員として働く事を真奈美は選んだ。
そして『1111号室』に新たな住人が暮らし始めてもうすぐ半年になるらしいが、何も以前のような怪奇現象は起きていないそうだ。
【完】