(5)理沙と忠臣
珍しく急ぎの案件もなく、定時で仕事が終わった。私は忠臣さんと一緒に彼の部屋に帰ってきた。
今日も忠臣さんお手製の美味しい夕食をご馳走になり、二人でソファに腰掛けて飲み物を飲みながら、あれこれと話をしている。
「そうそう。忠臣さん、これを……」
私はソファ横に置いていたバッグから、綺麗なリボンが巻かれた小さな包みを取り出した。
料理もお菓子作りにも自信の無い私は、バレンタインの贈り物として口コミで大人気のチョコレートを忠臣さんに用意したのだ。
私の不器用さを分かってくれている彼は、手作りではなくても嬉しそうに受け取ってくれる。
「ありがとう」
耳に心地よい声でお礼を言われ、私も嬉しくなる。
二人で微笑みあっていると、不意に彼の視線が下に向いて、次の瞬間、鋭いものに変わった。
「……そっちの袋は何だ?」
私のバッグの横にある小さなビニル袋に、忠臣さんの視線が突き刺さる。
「もしかして、俺以外にチョコを渡す相手がいるんじゃないだろうな?」
低い声で、ことさらゆっくり告げてくる忠臣さんに、私は慌てて袋から中身を取り出した。
「違いますよ!これは自分用のデザートです!」
そう言って、私は彼に見せる。
「ほら、この前、忠臣さんが買ってくれたじゃないですか。そのデザートのバレンタインバージョンなんです。ずっと食べたかったんですけど、いつも品切れで。それを桑田さんが覚えていてくれて、外出した時に買ってきてくれたんですよ」
私の説明に、忠臣さんは表情を緩めた。そんな彼を見て、私もホッと息をつく。
目いっぱい愛してくれるのはとてもありがたいが、この独占欲はどうしたものだろうか。
―――まぁ、どうにもならないんだろうな。
そんな独り言を心の中で零し、私は手の中にある念願のデザートに満面の笑みを向ける。
が、横から伸びてきた手にデザートが掻っ攫われた。
「え?」
びっくりして忠臣さんを見つめると、『ちょっと待て』と言って、彼が席を立った。そして、戻ってきた彼の手には、今しがた取り上げられた君想いショコラと寸分違わぬものが。
「えっ!?」
再びびっくりする私。ショコラと忠臣さんの顔を、交互に忙しなく見遣る。すると、忠臣さんは形のいい瞳をフワリと細めた。
「理沙が食べたがっていたのは知っていたからな。だから、俺が作った」
「ええっ!!」
三度驚く私。
「ほら、食べろ」
忠臣さんは私の左手に、自作のショコラを持たせる。
「は、はい、いただきます」
握り締めていたフォークで、私はショコラを一掬いして口に運んだ。
「……美味しい!この前食べた初恋ショコラよりも、断然美味しいんですけど!」
大興奮で喜ぶ私に、忠臣さんは当然だとばかりに苦笑する。
「当たり前だろう。工場で大量生産された物より、理沙のために愛情を篭めて作った方が美味いに決まっている」
自信満々に言ってのけるが、実際、美味しいのだから嫌味には見えない。
―――料理もデザートも完璧だなんて、何なの、このハイスペックな人は!何をどうやったら、こんなに美味しいものが作れるの!?
「もし私たちに子供が生まれたら、その子達は母親の味より、父親の味で育つんだろうなぁ……」
思わず漏らした呟きに、忠臣さんが反応して私の肩をガシッと掴んできた。
「そのセリフは、子作り宣言として受け取っていいんだな?」
「……は?」
「よし、今夜はゴム無しだ」
「な、何でそうなるんですか!?」
目を白黒させている私を強引に立たせ、忠臣さんは寝室に連れ込む。
この後、甘くて激しい恋人たちの時間が訪れたのだった。