最後の朝 始まりの朝
感情に任せて書いてみた作品です
拙いですが最後まで読んでいただけると嬉しいです
泣ける話をイメージして書きました
その朝も、母は玄関に立っていた。
「忘れ物ない?」
「ないよ」
「ほんとに?」
「ほんとだって」
「傘は?」
「持った」
「ハンカチは?」
「持ったって」
少し面倒くさそうに答えると、母は笑った。
「じゃあ、いってらっしゃい」
「いってきます」
それが、最後だった。
高校二年の春。
母が突然いなくなった。
病気だった。
本人は最後まで、家族に心配をかけまいとしていたらしい。
葬式の日。
僕はずっと、母の最後の言葉を思い出していた。
――いってらっしゃい。
たったそれだけだった。
もっと話せばよかった。
もっと優しくすればよかった。
もっと――。
後悔は、いくらでも出てきた。
でも、時間だけは戻らなかった。
それから僕は、玄関で「いってきます」と言うことができなくなった。
誰もいない玄関に向かって言うのが、馬鹿らしかった。
高校を卒業した。
大学に進学した。
就職した。
気づけば、母がいなくなって十年が経っていた。
ある休日。
実家の片付けをしていると、押し入れの奥から古い箱が出てきた。
中には、母の字で書かれたノートが入っていた。
何気なく開く。
最初のページには、日付が並んでいた。
その横に、短い文章。
『4月8日 初めての高校。緊張しているみたい』
『4月15日 少し学校が楽しくなってきたらしい』
『5月3日 友達ができた。嬉しそう』
『7月20日 初めてのアルバイト。帰りが遅くて心配』
ページをめくる。
僕の知らない僕が、そこにいた。
そして最後のページ。
日付は、母が亡くなる三日前だった。
『今日も朝、元気に出ていった』
その下に、少しだけ間を空けて。
『毎朝「いってきます」と言ってくれるのが嬉しい』
さらにその下には、
『いつまで言ってくれるのかな』
と書かれていた。
そこで、僕はノートを閉じた。
涙が落ちた。
十年間、一度も泣かなかった。
泣いたら負けだと思っていた。
母がいなくなったことを認めるみたいで、嫌だった。
でも違った。
母はずっと、僕が「いってきます」と言うのを待っていた。
たった一言を。
その夜、僕は実家に泊まった。
翌朝。
久しぶりに、あの日と同じ玄関に立った。
靴を履く。
ドアノブに手をかける。
そして――
「……いってきます」
返事はない。
当然だ。
十年前から、ずっとそうだった。
それでも僕は、もう一度言った。
「いってきます」
すると、背中から声がした。
「……いってらっしゃい」
振り返る。
誰もいない。
ただ、朝の光が玄関に差し込んでいた。
僕は笑った。
泣きながら。
「……うん」
そして家を出た。
十年ぶりに。
母が最後に言ってくれた言葉を、胸に抱えて。
――いってらっしゃい。
僕は今日も、生きていく。
母が最後まで願ってくれていたように。
ちゃんと帰ってくるために。




