表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現代に転生した元カノと、異世界の騎士になった俺。雨の日のコインランドリーで、三年の時を超えて再会した件  作者: 寝不足魔王


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/3

第3話:竜宮城の乾燥機

「……婚約? 誰と? どんな人?」

 俺の声は、まるで古びた換気扇みたいに掠れていました。

 あかりはうつむいて、少しだけ指の節が太くなった左手をさすりました。そこには、結婚指輪をはめるための「予約席」みたいな、かすかな跡が見えました。


「会社の先輩。……潔癖症で、毎日ハンカチを三枚持ち歩くような人。洗濯物の干し方にうるさくてね、靴下は必ずつま先を上にして干せって怒るのよ。……拓也みたいに、脱ぎっぱなしの靴下を丸めて放置する人とは、正反対」

「……へぇ。そりゃ、随分と立派な旦那さん候補だな」

 俺の心の中に、魔王を討伐する時よりもどす黒い嫉妬が渦巻きました。

 俺が異世界で血に塗れた魔物の角をへし折っていた三年間、彼女は現代の日本で「靴下の干し方」で痴話喧嘩をしていた。……この差、どう埋めりゃいいんですかね。


「でもね、この店に入った瞬間、急に全部わかったの。ここ、普通のコインランドリーじゃないみたい」

 あかりが窓の外を指差しました。

 叩きつけるような雨の向こう側。そこには、俺がさっきまでいた「中世ヨーロッパ風の石造りの街並み」と、ビルが立ち並ぶ「現代日本の夜景」が、まるで二重露光の写真みたいに重なって見えました。


「ここ、竜宮城なのよ。……雨が降っている間だけ、死んだ人間が前世の記憶を取り戻して、時間の流れが狂う場所。外の世界では、一時間が三年分に相当するらしいわ。……浦島太郎の話、覚えてる? 乙姫様に歓迎されて、楽しく遊んで、お土産に玉手箱をもらって……」

「……地上に戻ったら、何百年も経ってたって話か」


 ガラガラ……ガラガラ……。

 乾燥機の音が、まるで死神の足音みたいに規則正しく響く。

 俺はこの三年間、彼女を想って剣を振るい続けた。だが、このランドリーで過ごす数十分が、彼女が生きる現代では「数ヶ月」や「数年」を飲み込んでしまうかもしれない。


「別れる前の喧嘩、覚えてる?」

 あかりが唐突に切り出しました。

「あの時、私、『もう待てない』って叫んだでしょ。……あれ、本当は結婚を急かしたかったわけじゃないの。ただ、拓也がいつも仕事の愚痴ばっかりで、私のことを見てくれないのが怖かっただけ。……寂しかったのよ、バカ」

「……俺も、怖かったんだ。『結婚なんてまだ早い』って言ったのは、お前を不幸にしたくなかったからだ。……給料も安くて、将来なんて真っ暗で。……でも、結局、一番不幸にしたのは、あの夜に俺がハンドルを切るのを遅らせたことだった」


 俺たちは、三年前の「汚れ」を、今さらになってコインランドリーで洗い流そうとしている。

 洗剤の泡にまみれた、古くて、苦い、愛の記憶。


 あかりが、カバンの中から古びたスマホケースを取り出しました。

「これ、私にとっての『玉手箱』。……拓也とのツーショット写真が入ってるの。今の婚約者には、絶対に見せられない、私の秘密」

「……開けないのか?」

「ダメよ。開けたら、きっと白髪になっちゃう。……戻った世界が、もう元通りじゃなくなっちゃうから」


 雨の音が、少しずつ、けれど確実に弱まっていくのが分かりました。

 乾燥機のタイマーが、残り「十分」を告げる、無機質な電子音を響かせます。


「……一緒に、ここに残ろうか」

 俺は、彼女の細い指を握りしめました。

「異世界でも現代でもない、この狭間でずっと。……雨が止まない限り、ここにいられるんだろ?」

 あかりは、悲しそうに、けれど慈しむような笑顔で首を振りました。

「……ダメだよ、拓也。あんたには、王女様を守る仕事があるでしょ? 私には、明日、会社に提出しなきゃいけない企画書がある。……三年間、私たちがそれぞれ積み上げてきた『今』を、捨てちゃいけないのよ。……私たちは、もう、あの日の二人じゃないんだから」


 蛍光灯がチカチカと点滅し、俺の甲冑が不気味な光を跳ね返しました。

 お後がよろしいようで。……いや、よろしくない。

 この乾燥機が止まるまでに、俺たちは「さよなら」の代わりに、何を洗濯機に放り込めばいいんでしょうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ