08.出来損ないのお姫様
「そこを退きたまえ」
「お断りします!」
見知らぬ男が突き付けた暴論に、一瞬だけ虚をつかれた顔をした少年は、怒りを露に睨み返し拒絶した。
座席順は優位を示すもの。
最前席、しかも主席を譲れと言われても「はいどうぞ」と簡単に答えるはずもない。
一度席を離れれば戻れない。
それが例え、少しの間、席を離れただけだとしてもである。
つまり、席を離れた方が悪なのだ。
空席は、誰かが埋めるのが道理。
奪われようが甘受する必要があると言う主張。
しかし、僕は席順に拘ってはいなかった。
「あのぅ、僕はこの席じゃなくて、最後列で問題ありませんよ」
「なるほど、では君の意志を尊重することにしよう」
入学式場まで一直線、迷うことなく陣頭に立ち先導してきた男性は、到着するなり一目散、最前列の少年を威圧し、交渉した。
まるで、そこにマルスが座っていたことを知っていたかのように、だ。
何故知っていたのかはわからない、けれど男性の申し出を断った少年の胆力を純粋に評価したい。
空席とはいえ、他人の席を奪う少年の面の皮は厚いけれど、男性は胸板が異常に厚かったのだ。
筋骨粒々な肉体がはち切れんばかりにローブを膨らませていて、まるで怪物か、大英雄のような体型。
腰まで伸びる真っ直ぐな黒髪を先端で纏めた後ろ姿は、決して女性に見間違えることは無い骨格を晒している。
手に持った杖さえ鈍器に思えてしまうな屈強な外見に、少なくとも僕の心は萎縮していた。
風切り音と共に、振り上げられた鈍器。
訂正、杖。
殴られると勘違いしたのか、少年がぎゅっと目を瞑る。
「Reassignment」
杖の正しい使い方は暴力ではなく、魔法。
紡がれた言葉も、魔法の呪文。
但し、些か雑な動作が、繊細で厳かな魔法に暴力的なイメージを植え付けた。
具体的には、増幅装置である筈の杖が床に叩きつけられ、衝撃波が室内を揺らす。
轟音と暴風。
突風は、空椅子を巻き込みながら進み、それが壇上の前、余白のために開けられた空間に落とされた。
「さて、最高列を用意した。行くぞ、マルス君」
ぎょっとした僕を尻目に、人目を憚らずドカッと足を組み腰掛けた男性が、厳つい手で座面を優しく二回叩いた。
やはり、僕に男性の申し出を断る勇気は無かった。
若干、居心地の悪さを感じつつ、ちょこんと腰を掛けたとき、鳴り響いた入学式開始の合図。
『ただいまより、ダンジョン学園の入学式を挙行します』
「「「ワァアアアアア!」」」
歓声が沸き上がり、会場を揺らす。
相当な時間待機していただろう生徒達は、鬱憤を晴らすかのように喚き散らした。
『それでは、学園長。挨拶をお願いします』
壇上に現れたのは、隣で足を組んでいた筈の屈強な男性。
いつの間にか、隣の男性は壇上にいた。
「先ずは、諸事情により会式が遅れてしまい、申し訳ありません。校長は後処理で席をはずしていらっしゃる故、代わりに副学園長である私、ヴァルドール・グレイヴンハルトが挨拶をさせて頂きます。
皆さん入学おめでとうございます。
以上」
瞬きを繰り返す間に、舞台袖へと歩いていたヴァルドールさんは僕の横で胡座をかいていた。
僕も同じように胡座をかくと、真似されたことに気付いたヴァルドールさんは苦笑しながら、頬を掻く。
それから暫くの間、魔法の呪文を聞いているかのような形式的で感情を含まない説明が続いた。
生徒の無駄話がちらほら聞こえ始めた頃。
─天使が舞い降りた。
『続いては、新入生代表の挨拶』
新入生代表は、ちょっと前まで祭壇に捧げられていた少女だ。
彼女は凛とした佇まいで、笑顔を振り撒き、皆を魅了した。
まるで、天使か悪魔のように。
白い肌、靡く金髪、よく通る美声。
誰もが壇上に視線を釘付けにされ、代表挨拶が始まる。
「新緑が鮮やかに彩る季節となる中、私達はダンジョン学園の門を潜りました。
このような形になってしまいましたが、本日は私達のためにこのような式を挙行していただき誠にありがとうございます。
今年は豊作の年と言われております。
多くの芽が綺麗な花を咲かせるように、ひとりひとりが自らの行動に責任を持ち、充実した学園生活を経験できるよう、心掛けていきたいと思います。
まだ目標の見当たらない人も学園生活において、目標を見つけ、夢を掴むために精進していきましょう。
どうぞ、宜しくお願い申し上げます。
本日は誠にありがとうございました。
新入生代表、クラヴィス・レグナリア」
─あれが、出来損ない...
ボソッと。
小さな、ほんの微かな呟きさえ、静かな会場に響いてはっきり聞こえた。
綺麗なお辞儀を披露したまま、クラヴィスはまるで時が止まったかのように固まった。
どこからか聞こえる小さな嘲笑が、会場の空気をさらに悪化させる。
「お前達のなかに、彼女を侮蔑出来る実力者がいたとは、驚きだな」
胡座をかいた姿勢のまま、不機嫌さを隠そうとせず頭だけ振り返った副学園長。
怒りはそのまま重圧感に変わる。
身体を押し潰そうとする重力の感覚。それが、全身という全身を軋ませた。
だが、卒業式のトラップには及ばない。
『動ける』事実に、マルスは安堵する。
地獄のような光景が広がり、入学式は中断した。
止まった時計の針を動かせるのは、侮蔑を受けた張本人。
いや、王女さま以外あり得ないだろう。
レグナリアは王族の姓。
偽称は重罪。ならば、偽者と疑う必要はない。
寧ろ気になるのは、「出来損ない」の意味。
「抑えてください、副学園長。王族でありながら召還術が使えないのは事実ですから。」
「ですが私は諦めていません。必ず習得して見せます。それが私の学園生活の目標ですから」笑顔を咲かせるクラヴィスに、ヴァルドールはしかめ面を崩さずため息をついた。
─消失する重圧感。
それを機に、ふらふらと椅子を揺らしながら立ち上がった少年が、最初と変わらぬ威勢で吠えた。
「生徒に魔法を使うのは異常だ! 早急に謝罪して下さい!」
「ほう、何故だ?」
「何故もなにも、無闇に人を攻撃することを禁じたのはお前たちだろ? 犯罪だ!」
「『勇者』如きが王族に反することこそ、『犯罪』だ。ここでは、王族に勝るものはない」
唇を噛み締める少年にヴァルドールは怪しい笑みを浮かべ、少年を挑発した。
「ダンジョンでは力が全て、謝罪を乞うならば力を証明しろ。例えば、この新入生と戦う、とかはどうだろうか?」
「え?」
マルスの肩に手を掛けたヴァルドールは少年に微笑み掛けた。
「但し、彼に負けたら王女様に謝罪して貰おうか?」
反応は二つ。
驚愕のあまり固まる者。
呆れ、ため息を付く者。
異世界召還された『勇者』は基本的にレグナリア人より戦闘力が高いと言われている。
それは、召還時に強力な『スキル』を授かるためだ。
例外は少なく、騎士団のように訓練を積み、『スキル』を獲得した者達さえ、戦闘技術以外では、勇者に敵わないとされる。
つまり、マルスのような平民は本来、勇者の敵足り得ない。
賭けにならない勝負。
誰もが想像する『勇者』の勝利。
それを、覆せとヴァルドールは言っているのだ。
普通に考えれば、受けるメリットはない。
断った方が、お得だと断定出来る。
神託も、その未来を示している。
けれど、ニヤニヤ笑う顔が、人を出来損ないと蔑む心うちが、マルスの心に火を灯した。
「構いませんよ。俺は負けないですからね」
お前は勝てないと現実を突き付けられ、咄嗟に目線を逸らす。
逸らした先は、心配そうな表情を向ける王女様。
─綺麗な黄金の瞳。
名誉より、他人を気遣う綺麗な心。
そんな王女様の力になりたい。
─勝ちたい、そう思ってしまった。
ならば、回答は既に決まっている。
向けられた視線に逃げ出すことなく、マルスははっきり答えた。
「その勝負、受けて立ちます!」




