06.やっぱり! 入学試験
誰かに期待するのは、間違っている。
一生懸命魔方陣を描く少年には悪いと思うが、少女は彼の活躍を期待していなかった。
─ただの気まぐれ。
いや、自身の『スキル』を発動させたくないと思う心の弱さが、この瞬間を作ったのだ。
10メートルの間合いを一瞬で詰める巨体が、床を吹き飛ばして─爆ぜた。
瓦礫の雨が降る。
少年に届かぬよう、弾いたロングソードがぐにゃりと歪み、少女の表情も歪ませた。
そして、その隙を狙っていたかのように、爪を伸ばす怪物が少女の身体へ容赦ない一撃をお見舞いする。
「くぅっ!」
刃を失ったロングソードが、冷たい床に転がった。
蜥蜴の爪を辛うじて両手で受け止める少女は、絶体絶命。
鋭い爪先が汚れなき少女の喉元に突き立ち、真っ赤な液体が肌を濡らした。
斑点のように床を染める鮮血、喚く解説、観客の悲鳴。
誰もが声を荒げ、「中止しろ」と抗議する。
しかし、規定では『リタイア宣言』無しに試験を中断することは出来ない。
誰もが願った。
少女が諦めることを。
「......っ、は...ぁ」
少女の口から、か細い吐息が漏れる。
絶望的な状況で、いまだ少女の瞳は熱く、戦う意思が宿っていた。
ならば当然、紡がれるのは隠し続けた『スキル』の名称。
「...血誓狂乱」
屈強な爪が砕け、飛び散った。
それは、強化された少女の握力によるもの。
少女から距離を取ったウロヴォロスが、互いのの尾を租借し、再生を優先させる。
そして、少女は狂気に包まれる。
両手で頭を抱え、嗤い、涙を流す。
体から滲み出る、周囲を凍てつかせるような負のオーラ。
それは、彼女の心内に秘めた狂喜。
「あははははははははははははっ」
痛哭じみた笑み。
怪物が潰えるまで、終わりなき悪夢を、鬼神のような狂化を与えるスキル。
先に動いたのは怪物。
くるっと旋転する巨体を跳ばして、怪物が高く、高く少女の頭上へと舞い上がって─止まった。
死を振り撒く円環を、空中で止める少女。
『グゥ...rrrrr...ルルル...』
怪物の顔面に惨たらしく指を食い込ませ、紫色の液体が一滴一滴、滴り落ちた。
慟哭の雄叫びさえ、口腔の隙間から漏れ出るだけで叫ぶことを赦されない。
じゅうじゅう音を立てて、溶けだす手のひらを気にも止めずに、怪物の巨体を地面に叩き落とす。
『グゥオオオオオ!!!』
轟音と絶叫。
弾け飛ぶ床面さえ溶かす紫色の血液が飛び散り、ひしゃげた怪物が地面に埋まる。
肉塊になって尚、再生を始める
抉れた顔も、欠損した指も、体液を垂れ流す傷さえも。
「うふふっ」
狂った少女は笑みを浮かべる。
楽しい、楽しい遊びの続き。治るなら、また壊せば良い。
何度も、何度も、何度でも。
...再生など出来なくなるまで、だ。
Ж
「出来た!」
完成した魔方陣。
後は、起点となる呪文を告げれば完成だ。
【縲主小驍�。薙冗函縺題エ�ッセ雎。繧ヲ繝ュ繝エ繧ゥ繝ュ繧ケ】
「召喚術」
たったそれだけで、発動する魔方陣。
─召喚されたのは文字だった。
飛び出した文字の羅列が、ぐちゃぐちゃな怪物に巻き付き、その肉体を『肉』に血液を『血』に、文字通り『文字』に『変換』させる。
触れた者を文字に替える魔法。
それは、打撃や斬撃ではなく、『変換』である。
つまり、『再生』は意味を成さない。
『肉』『皮』『爪』『血』『毒』様々な文字が地面を埋め尽くして行く。
カタカタと動き出す文字は、規則的に重なりあい、生物の形を模す。
─ドラゴン。
蜥蜴がモチーフだからだろうか。
文字で形成されたのは龍。
敵意を放つことのない龍に、そっと手を伸ばして、その龍は─飛び散った。
「あはっ」
『血』『肉』の文字を床に撒き散らして倒れ混む龍を眺めてにっこり笑う少女。
「待って! 敵じゃないかもしれないんだ!」
僕の声は届いていないのか尚も踏みつけ、砕かれる文字の肉体。
『吼吼吼吼吼吼轟!!!』
咆哮が轟く。
ウロヴォロスを彷彿とさせる再生力で復活した文字龍が空を飛び、少女に『炎』を放つ。
真っ赤な文字は、触れた床を溶かし地面に穴を開けるが、少女を捉えることは叶わなかった。
(何とかしないと!)
睨み合う少女と文字龍の間に割り込み、仲裁を試みる。
だけど、ヒートアップした戦闘を止めることは、僕には出来なかった。
接近する両者がピタリと停止する。
まるで、時が止まったように、瞬きすら許されない。
「そこまでじゃ。既に試験は終了しておる」
見た目は少女と言うより幼女......僕より身長の低い白髪の女の子が、空中に浮かんで僕らを見下ろしていた。
その幼い顔に笑みを浮かべながら、身長より大きな杖を龍に向けると、文字龍は圧縮された玉のように丸まり、甲高い音を立てて転がった。
「かはっ!」
膝を付き吐血する血濡れの少女。
そこへ担架を担いだ屈強な男達が現れ、少女を担いで走り去る。
「卒業おめでとう、少年。学科と、クラスは...ええと、何処じゃったかね?」
差し出された龍玉を握りしめて、女の子にお辞儀する。
「今日、入学試験を受けることになっています、マルスです! 宜しくお願いします!」
「................................は?」
僕は、何か悪いことをしてしまったのだろうか?
Ж
白髪の幼女が、代わり映えのない天井を見詰めて、思案する。
「どう処理しますか? セラフィナ・アルヴェール学園」
「どうもこうもないわい。『卒業証書』を手にして『卒業試験』を通過した。普通に考えたら卒業じゃろ?」
「しかし、彼は『入学試験』を受けていません!」
「分かっとる。じゃから今、受けさせたのだろう?」
水晶に少年が映る。真剣に試験を受ける姿は近年希に見る好少年だ。
問題は結果。
試験は魔力、戦力、筆記、体力の4項目。
その測定結果が迅速に届けられる手筈になっていた。
魔力測定─30点
戦力測定─10点
筆記測定─20点
体力測定─50点
...落第。
これは、結果を待つ迄もない。
合格者の基準値に満たない試験結果。
入学試験を突破出来ない者が、卒業試験を突破してしまった異常事態。
勿論、戦力に文字龍は含めていない。
あれを解放すれば、戦力は満点になるだろう。
だが、あれば卒業試験で得たものだ。
詰まり、通常不合格だった筈の少年。
それが、卒業試験に参加したことで入学基準に達したのである。
戦力の項目を二重線で書き直す。
「戦力、100点っと」
「学園長!!」
黒髪から覗く責めるような眼差しが、鋭く、セラフィナを射ぬいた。
「では、お主はあれを放置する気かね?」
「......っ、それは」
「Aクラス同等のテイマー。ここ数年『勇者』以外現れなかった貴重な戦力を、みすみす手放すというのかな?」
「...」
沈黙は肯定の証。
言い返す言葉もないのであれば、学園長の判断が採用されるのは必然。
何も知らないマルスは、合格発表に喜びの声を上げた。
Ж
放課後、校門の前で佇む青髪の少女。
人々の視線を釘付けにする少女は痛々しく全身に包帯を巻き付けた様相。
あれだけ特徴的な石板を持つ少年を、見逃す筈はない。校内にいる以上、この門は絶対に通過する。
教師に聞いてもはぐらかされてしまった少年の情報。それを確認するために、一時間ほどの待機。たった一時間だ。
あれ程の戦闘力。仲間にすればSクラスダンジョン踏破も夢ではない。
一時間など、惜しくもなかった。
「よっと」
(...来た!)
平静を装って自然と少年の進路を塞ぐ少女。
「あなたを待っていた...私はトウカ。...その、出来れば...私とパーティを組んで欲しい」
「僕はマルス。入学式はまだですけど、僕で良かったら、ぜひ!」
「.........はい?」
一緒に卒業すると思っていた少年は入学生だったのだ。
そう、やはり他人に期待することは間違っていた。




