10.雨降って、地固まる
溢れ出した水が踝まで達した頃、ようやく水流は止まった。
揺らめく水面は茶色に淀み、底を見ることは叶わない、底無し沼のような風貌。
中央に氷柱が反りたつ空間は、絶賛工事中。
魔法使いによる、真似できそうにない修理現場をただただ眺めるしかなかった。
「よし、根本まで凍らせた。切り崩して配管修理に移ろう」
「よしきた! ワシに任せろ」
ローブを深く被った男が、歩き出す。
その肩には魔法使いより木こりに似合う、背丈より大きな斧が背負われていた。
胴体より太い氷柱に斧が突き刺さり、粉砕音に合わせ亀裂が大きく、深くなっていく。
繰り返すこと数度、自重に耐えきれなくなった氷柱が傾き、周囲に盛大な水飛沫を撒き散らした。
「ワールプール」
斧を担いだ魔法使いを中心に、魔力が渦を巻き、水飛沫を飲み込みながら水底を晒す。
奔流する魔力は止まることなく地面を抉り、土を巻き上げ、配管を露にした。
「損傷箇所を確認。鉄板あるか?」
「ほいよ」
「せいっ」
投げられた鉄板に魔方陣の描かれた金槌がボコスカ打ち付けられ、損傷箇所を埋めていく。
最終的に新品のような輝きを取り戻した。
手際、段取り、チームワーク。
どれをとっても素晴らしい技術の大工さん。
泥だらけの大工さんは、穴から這い出て同僚と握手を交わした後、設置された魔方陣に向かい歩き出した。
「そこは危なくなります。こちらへどうぞ」
氷の魔法使いに誘導され、リクとは別方向の魔方陣に足を踏み入れた。
そこには、泥だらけの大工さんがキラキラした瞳で、待ち構えていた。
「なぁなぁ、あの珍しい召喚術はどこで学んだ?」
「召還魔法以外は何の魔法が扱えるんだ?」
「神託? 神聖魔法の一種か?」
やはり、大工ではなく魔法使いのようだ。
魔法についての質問責めに合いあたふたしているうちに、足元が振動を始めた。
地の魔法、クエイク。
ゴゴゴゴゴゴゴッと泥粒を巻き上げながら振動を繰り返す地面が、高さを合わせ、少しずつ整地がなされて行く。
「ヒートウェイブ」
びちゃびちゃの泥に無数の熱線が覆い被さると、加熱された泥が唸りを上げた。爆発音が魔方陣を揺らす。
激しい衝撃に視界を塞ぐ水蒸気。
混乱を招く事象は、冷静な魔法使い達によって落ち着きを取り戻した。
「結界をでなければ安全です。水蒸気が散るまで暫しお待ちください」
段々と煙が掃け、大地が露になる。そこに底無し沼の面影は無く、平らな地面が広がっていた。
「すごい!」
「これで修理は完了です。配管に防御結界を張っておいたので試合を再開しても大丈夫でしょう」
「ありがとうございます!」
「負けるんじゃないぞ!」
「頑張れよ、少年!」
泥だらけの魔法使い達に励まされ、整地された地面を歩く。眼前にはリクが、既にこちらを睨み付け待ち構えていた。
Ж
淡く光を発する一本線。
配管から放たれているだろう光線が境界線となって、相対する二人を分かつ。
「とんだ邪魔が入ったが、第二ラウンドと行こうじゃないか」
「はい、よろしくお願いします!」
空を泳いでいた子ドラゴンに手をふると、意志が通じたのか、一直線に急降下。
地面に三趾前足の足跡を刻んだ。
「最後はドラゴンの攻撃途中だったな。良いだろう、先手を譲ってやる」
「えっ、いいんですか!?」
律儀な提案は思わぬ収穫。勝利のための最後のピース
神託を再現する転機に跳び跳ね、歓喜した。
何事にも意味はある。
神託が示したのは、工事に使用した『魔法』。
複雑な文様を脳内に刻む。
石板に記された魔方陣を床に描いていく。
想像以上に待たせてしまった。
完成した魔方陣を前に一礼。手を翳し、呪文を唱える
「お時間、ありがとうございました。─クエイク!」
ゴゴゴゴゴ揺れる地面が、戦闘開始を告げた。
「これは...整地の魔法? せっかく譲った先手を無駄にしたな」
「無駄ではありません。見ててください!」
きっぱり否定して、様子を伺う。
何が起こるかは、わからない。けど、神託を信じている。
...
......
.........。
「何も起きないな?」
「あ、あれ?」
尚も揺れ続ける地面は、岩が飛び出ることなく、割れることもなく、ただ振動を伝えるのみだった。
訂正。
やっぱり意味の無いこともあるかもしれない。
人は失敗するものだ。神託も、失敗するのかもしれない。
気まずい雰囲気のなか、子ドラゴンにファイティングポーズを見せると、意志が伝わったのか咆哮をあげ、戦闘態勢に移行。
『咆、咆、咆!』
物理的な咆哮が三つ、吐き出され、地面を転がり突き進む。
進路を塞ぐ壁。
ボコボコ音を立て展開される絶対防御。
「絶対地圏」
飛び出した泥が咆哮を包み込み、弾け飛ぶ。
運良く反れた弾丸が、リクの頬を掠め、髪が数ミリ吹き飛んだ。
「ば、バカなっ」
絶対防御と呼ぶには物足りない。泥のようにとろける脆い盾。足元に散らばる汚泥。
それは、地面が泥濘んでいる証拠。
「整備不良だ! お前たち、手を抜いたな!」
「そんなわけあるかっ!」
「結界を張った! これは漏水が原因ではない!」
工事した魔法使い達と喧嘩が始まる。
だが、地の魔法使いだけは思い当たる節があるようで、思案の末、意見を述べた。
「勇者君、これは『クエイク』による液状化現象。つまり、立派な戦術だよ」
「...なん、だと」
「震動によって、砂の粒子が液体状になった。と言ったんだ」
泥を睨み付け、リクは拳を握った。
一縷の希望を込めてその名を叫ぶ。
「だ、断層剣フォルトエッジ!」
溢れ出す泥水。
それは、剣の形は成したが地に突き刺さることなく溶け落ち、地面を汚した。
頼みの綱、攻撃スキルさえ発動しない。
守りの盾もない。つまり攻めるなら今が好機!
「た、タイム! タイムだ! こんなの正当な勝負じゃない!」
後悔先に立たず。
子ドラゴンは一方的な攻撃を開始。
スキルを封じられたリクは、衝撃を伴う咆哮や鋭い爪の猛攻をすんでのところで回避。
リクは泥だらけになりながら抗議を続けた。
その横顔が、赤く染まる。
牙の隙間から熱気が漏れ、周囲を真っ赤に染めた。それは、地面を焼き尽くす炎の前触れ。
盾失くして防げない範囲攻撃。
「待てっ、早まるな、くそっ、スキルさえ使えれば!」
スキル名を連呼するが、それは虚しく水面を揺らすだけだった。
大砲の如く轟音と共に炎が空中へと解放された。
「っ!」
直後、発生した重圧感。
それは人に向けられたものではなく、渦巻く炎、その芯を固定するためだった。
そんな芸当が可能な人物はただ一人。
その人物、第三者が広間に飛び降りる。
「お前は、魔王にスキルを封じられても『待ってくれ』と懇願するのか?」
「それはっ」
「言い訳は良い、君は敗者だ。それとも戦闘を続行するかな?」
「お、おれは...」
噛みしめた唇から一筋の赤い線が伸びる。
ぎゅっと閉じた瞳が、悔しさを物語っていた。
「俺の負け、です。王女様、侮辱した発言力をお許しください」
ジャパニーズ土下座。
それは、究極の謝罪方法。プライドの高そうなリクが、クラヴィスに向け最大限の謝罪をした。
「許します。そして、共に欠点を克復出来るよう充実した学園祭生活を送りましょう」
「勝者レグナリア人...マルス!」
副学園長が試合終了を告げ、拍手喝采に包まれる。
そんな中、うつむき、座り込んだリクに僕は手を伸ばした。
「ありがとう、良い勝負だったよ、リク」
「おまえ...いや、こちらこそ勉強になったよマルス」
差し出した手を握って、リクは立ち上がった。
小さくなった拍手が、より大きな音を響かせ二人の勝負を締めくくった。
「行こうぜ、マルス」
はにかむ表情から、勝負前の他人を見下したような冷たい印象を感じることはなく、不思議と笑顔が移った。
「どこに行くの?」
「入学式、まだ途中だろ?」




