第8話 恋と置き去りの空きグラス
モモコは、オカマ友達の失恋に付き合って、オールで飲んでいた。
泣いて、怒って、カラオケで昭和の失恋ソングを熱唱して、「こんな男、忘れなさいよ!」と何度も肩を抱いた。が、
――その男が、朝方、来た。
「やっぱりさ……俺、君じゃなきゃダメだと思った」
その一言で、すべてが解決した。
二人は泣きながら抱き合い、モモコに「ありがとうね」と言い残し、タクシーに乗って消えていった。
残ったのは、空のグラスと、完全に役目を終えたモモコだけだった。
「……なに、この後始末感」
虚無は、喉が渇く。
モモコはそのまま、せんべろの店をハシゴし続け、深夜のファミレスに流れ着いた。
深夜二時半。
店内は静かで、カウンター席にだけ人が集まっている。
「ハイボール、濃いめで」
雨露は頷いた。
「氷、多めでいいですか」
「その優しさが沁みるわ」
グラスが置かれると同時に、モモコは一口飲み、深く息を吐いた。
「……聞いて。今日、あたし、完全に脇役だったの」
「人生の八割は脇役です」
雨露は淡々と言った。
隣には、文月がコーヒーとウイスキーを前にして座っている。
締切前ではないが、恋愛話には勝手に参加するタイプだ。
「恋はね、推敲されない原稿だよ」
「削除したい」
「削除すると、余白が増える」
「余白いらない」
モモコはハイボールを煽った。
「オカマの失恋に付き合って朝まで飲んだら、彼氏が来て復縁よ?あたし、何?恋の踏み台?」
「踏み台がないと、再出発できない人もいる」
「慰めになってない」
そのとき、厨房からサモンが顔を出した。
「モモコさん、今日は元気ないね」
「心が死んだの」
「じゃあ、これ、サービス」
小皿に盛られた、揚げ春巻きと謎のピリ辛ナッツ。
「お酒、進むよ」
「今のあたし、進むしかない」
食べて、少し笑った。
「……美味しいじゃない」
「日本人向け。でも、魂は残してる」
「魂、今日だけは多めでお願い」
そこへ、仕事終わりで半分死んでいる宮間が入ってきた。
「……今日も社会に負けました」
「来なさい」
モモコは即座に隣を叩いた。
「愚痴る席よ、ここ」
「では……孤独死が怖くて……」
「初手が重い!」
「…すみません」
雨露は追加の水を置いた。
「飲み過ぎ注意です」
「注意されると安心する」
モモコは宮間を見た。
「あんた、恋してる?」
「……してないです。怖いので」
「正解かもしれないわ」
文月が頷く。
「恋は、締切がないのに追われる」
「嫌な表現」
モモコはグラスを置いた。
「ねえ……出会いって、どうしたらあるの」
一瞬、全員が考えた。
宮間が恐る恐る言った。
「……マッチングアプリ、とか……」
「やってる?」
「はい。でも、マッチングする前に、怖くなります」
「真面目すぎ」
サモンが言った。
「料理と同じ。期待しすぎると、辛くなる」
「今日のテーマ、辛さね」
雨露は淡々と締めた。
「条件を絞りすぎないことです。理想は、だいたい幻想なので」
「刺さるわね……」
モモコは少しだけ笑った。
「まあ、今日ここで飲めてるだけ、マシか」
ハイボールを一口。
心は折れたたけど、店は開いている。
誰かが聞いてくれて、料理があって、酒がある。
それだけで、今日は少し救われていた。
「次はさ」
モモコはカウンターを見渡した。
「ちゃんと、あたしが主役の恋がいいわ」
誰も否定しなかった。
深夜ファミレスは、静かに営業を続けている。




