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深夜二時のハングアウト  作者: 充電


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第62話 クリスマスソングが一番似合わない店

深夜二時。


ファミレスの天井スピーカーから、場違いなほど朗らかなクリスマスソングが流れていた。


鈴の音。

分厚いコーラス。

誰かを無条件で幸せにする前提で作られた、逃げ場のない旋律。


店内は完全にクリスマス仕様だ。


入口には小さなリース。

レジ横には踊るサンタの人形。

各テーブルにはプラスチック製のキャンドル型ライト。

そして店の一角には、目が痛くなるほど光る電飾ツリー。


「特別な夜」を演出しようと、全力だった。


その光の下で、宮間はいつもの端の席に座っている。


紙ナプキンを折る。

重ねる。

また折る。


不器用なはずなのに、妙に立体感のあるツリーが出来上がっていく。


「……それ、何をされているんですか」


雨露が業務用の低い声で言った。


「ツリーです。孤独死対策用の」


「用途が限定的すぎます」


宮間は手を止めない。


「もし今日、ここから帰る途中で……倒れるなら、せめてクリスマスっぽい景色の中がいいかなって…」


「倒れない前提で帰宅してください」


「…はい」



ドアベルが鳴る。


「いやあ、いい曲だね。逃げ場がない」


文月だった。

コートを脱ぎながらスマホを伏せる。


「逃亡中ですか」


「通知音までクリスマス仕様でね。世界が一斉に祝えと言ってくる」


文月は店内を見回し、ツリーの前で立ち止まる。


「この装飾、いいね」


「そうですか」


「祝祭の過剰供給だ。感情が追いつかない人間を、確実に置き去りにする」


宮間が紙ナプキンツリーを差し出す。


「じゃあ、これは」


文月は真顔になる。


「象徴だ」


「何のですか」


「祝われない者同士が、無意識に寄り集まる構造だ」


宮間の目が、ほんの少し明るくなる。


「……じゃあ僕、ここにいてもいい側の人間なんですね」


「むしろ正規メンバーだ」


雨露が無言で水を置く。



次に現れたのはサモンだった。

紙袋を抱え、席に着く。


「今日、クリスマス。チキン、必要」


「公式には不要です」


「でも、気分、必要」


紙袋からスパイスの匂いが店内に漂う。


匂いを嗅ぎつけた安藤が、厨房からサンタ帽を被って駆け寄ってきた。


「わ〜!チキンのいい匂い!あ、雨露くん!今日はクリスマスだね!」


「把握しております」


「店内キラキラしてて最高だよね!」


「清掃効率は下がります」


安藤は気にしない。


「ほら、丸いし白いし、プリンもケーキですよ!」


「定義が雑です」


マリエがタロットカードを鳴らしながら現れる。


「これはね、集まる運命よ」


「何がですか」


「予定のない人たち」


文月が頷く。


「逃げ場のない祝祭だ」


電飾が瞬く。

赤、黄、白。

どれも温度が高すぎる。


そのとき、ドアが勢いよく開いた。


「メリークソクリスマス!」


モモコだ。

後ろで姫川が跳ねている。


「雨露くんいた!」


駆け寄り、急に声色を変える。


「クリスマスも一緒とか、もう運命だよね!」


「偶然です」


「えー、照れてるー」


菅原が全体を見渡す。


「深夜でこんなに揃うの、すごくないっすか?」


誰も否定しなかった。


テーブルにはガパオ、プリン、チキン、紙ナプキンツリー、タロットカード。

祝祭の形だけは完璧だ。


文月がグラスを掲げる。


「では――祝おう。選ばれなかった夜を」


カチン、と軽い音。


その瞬間。


店内の電飾が一斉に瞬き――


ぷつん。


電気が落ちた。


完全な闇。


誰もすぐには喋らない。


クリスマスソングも途切れ、

押しつけがましかった幸福が、急に撤収する。


宮間が不安そうに雨露に聞く。


「え……演出ですか」


「違います」


即答だった。


外を見ると、商店街は完全に沈んでいた。

さっきまでの強制祝祭が嘘のようだ。


各テーブルの電池式キャンドルだけが、頼りなく揺れている。


小さなオレンジの灯り。

人工なのに、妙に責任感がある。


「……これ、意外と仕事してますね」


菅原が言う。


「電池式ですから」


「人類の希望、単三、二本」


「種類は未確認ですけど」


宮間は紙ナプキンツリーを見る。


白い影になって、急に頼りなく見えた。


「……僕のツリー、今ちょっと現実見てます」


「元から紙です」


文月がキャンドルを指で囲う。


「いいじゃないか」


「何がですか」


「祝祭が剥がれた」


「塗装みたいに言わないでください」


サモンが紙袋を開く。


「チキン、まだ温かい」


匂いが広がる。

闇の中だと、やたらと主張が強い。


「匂いだけだと完全にパーティーっすね」


「視覚がなくなると、概念が暴れます」


マリエがカードを一枚引く。


「塔」


「今それ出します?」


「停電と相性が良すぎるの」


カードがキャンドルの前で揺れる。


「崩壊。でも再生」


「再生はどこですか」


「これから考えるわ」


後ろの席では、モモコと姫川が停電すらイベント扱いにして、肩を寄せ合いながら小声でくすくすはしゃいでいた。


「ねえこれ、ちょっとロマンじゃない?」


「うちら今、雰囲気担当じゃない?」


雨露が静かに水を置く。

暗闇で、置く音だけがやけに鮮明だ。


宮間がぽつりと言う。


「……僕、さっきまで祝われない側の人間だと思ってました」


「はい」


「でも今は」


周りを見る。


チキンを分けるサモン。

プリンを中央に寄せる安藤。

カードを光に透かすマリエ。

窓に張り付く菅原。

妙に落ち着いている雨露。

灯りを観察している文月。

勝手に主演を名乗るモモコと姫川。


「……選ばれてない感じ、薄いです」


「集団錯覚の可能性はあります」


「今はそれでいいです」


文月が言う。


「祝祭って、本来は火なんだ」


キャンドルを軽く叩く。

かち、と乾いた音。


「巨大な電飾じゃない。こういう小さい光」


「電池ですけど」


「概念の話だ」


サモンがチキンを差し出す。


「分ける?」


「はい!」


安藤が言う。


「プリンもケーキ枠でいきましょう!」


「闇の中では、丸いものはだいたいケーキに見えるっす」


「定義が緩いです」


外は真っ暗だ。

商店街も世界も、祝えとは言わない。


けれど小さな灯りの周りに、確実に円ができている。


誰もグラスを掲げない。

その代わり、全員が無言でチキンを持っている。


文月が静かに言う。


「では――祝おう」


少し間を置いて。


「選ばれなかった夜を」


全員が、なんとなくチキンを掲げた。


その瞬間。


遠くで、電気が戻る音がした。


ぱちん。


天井灯が白く弾ける。

ツリーが再び目に痛い。

スピーカーが途中から歌を再開する。


強制幸福、復活。


誰もすぐには動かなかった。


数秒前まで、

単三電池に守られていたほうが、

ずっと人間らしかった。


姫川がぽつりと言う。


「……さっきのほうが主役感あったよね」


モモコが真顔で頷いた。


「うん。照明、やりすぎ」


キャンドルだけが、

仕事を終えた顔で静かに光っていた。

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