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深夜二時のハングアウト  作者: 充電


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第60話 店内装飾が増えるたびに情緒が減る

最初は、誰も気にしていなかった。


深夜二時のファミレスは、季節感が希薄だ。

外がどうなっていようと、店内はいつも同じ色、同じ音、同じ匂いを保っている。

少なくとも、そういう場所であるはずだった。


その夜、入口のドアに小さなリースが掛けられていた。


赤と緑の控えめな色合いで、主張は弱い。

「冬ですね」と言われれば、まあそうかもしれない、程度の存在感。


「……あ」


最初に気づいたのは、文月だった。


コーヒーを口に運びかけた手を止め、リースを眺める。


「円環構造だね」


「はい?」


安藤が、トレイを持ったまま首を傾げる。


「始まりと終わりが繋がっている。物語として、とても誠実だ」


「えっと……飾りです」


「それも含めて、だよ」


雨露は何も言わず、リースの向きを二度だけ直した。

ほんの数センチ。

誰も気づかない程度に。


その日は、それだけだった。




数日後。


リースは増えなかったが、店内の一角にツリーが置かれた。

思っていたより、大きい。


「……でかい」


宮間が、入店してすぐ呟いた。

声は小さかったが、確実に本音だった。


「大きいですね!」


安藤は素直に目を輝かせる。


「クリスマスっぽい!」


「……影が」


宮間は、ツリーの足元を見ていた。

ライトに照らされ、床に落ちる影が、時間帯によって微妙に形を変えている。


「……伸びますね」


「影は伸びるものです」


雨露が淡々と答える。


「夕方から夜にかけて」


「そういう話じゃなくて……」


文月はツリーを見上げ、満足そうに頷いた。


「これは三幕構成だね」


「どこがですか」


「根元が序盤。中盤で盛り上がって、頂点で星が輝く」


「物語にしないでください」


安藤が笑いながら言う。


「でも、綺麗ですよね?」


誰も否定しなかった。


否定はしなかったが、

宮間は席を少しだけずらした。

影がかからない位置へ。


その夜、

雨露はツリーのオーナメントを一つだけ内側に寄せた。


理由は、特にない。




さらに数日後。

店内BGMが変わった。


気づいた瞬間、モモコが足を止めた。

誰もまだ何も言っていないのに、天井を睨む。


「……ちょっと」


「なに、この音」


鈴の音。

優しいコーラス。

聞き覚えのある、あまりにも季節に忠実なメロディ。


「クリスマス仕様です!」


安藤が即答する。


「やめて」


「えっ」


「お願いだから、やめて」


モモコは席に座る前から、すでに疲れた顔をしていた。


「光ってるのも腹立つけど、音はダメ。音は心にくるのよ」


「心に……」


「くるの!」


文月が静かに補足する。


「音楽は、感情を直接叩くからね」


「叩かれたくないのよ!」


宮間は、小さく頷いていた。


「……わかります」


「わかる!?」


安藤が驚く。


「楽しい曲なのに!」


「だからです」


雨露が短く言う。


「……?」


「楽しいことを前提にされるのが、負担になる場合があります」


モモコは、じっと雨露を見る。


「……あんた、たまに優しいこと言うわね」


「業務です」


それでも雨露は、BGMの音量をほんの一段階だけ下げた。

誰にも言わずに。




日を追うごとに、装飾は少しずつ増えていった。


テーブルに小さな置物。

レジ横にサンタ。

壁に増える赤い飾り。


それに比例するように、

店内の会話は少しずつ減っていった。


文月は装飾を見るたびに物語を語るが、結末までは言わない。


宮間は影を気にし、時間を気にし、

「今日も生き延びました」を言う回数が増えた。


モモコは派手な文句を言いながら、

誰よりも長く店にいる。


安藤だけが、変わらなかった。


「可愛いですね!」

「増えましたね!」

「もうすぐですね!」


その全部が、悪気のない刃だった。




そして、ある夜。


雨露は、いつものように装飾を直していた。

曲がったリボンを整え、

ズレた置物を戻し、

ツリーのライトを一本だけ外す。


そのとき、ふと思い出したように、

鳩山店長の声が脳裏をよぎる。


――飾りすぎないのが、一番なんですがね。


「……」


雨露は手を止めた。


店内を見渡す。


リース。

ツリー。

ライト。

音楽。


どれも、間違ってはいない。

ただ、少しずつ行き過ぎていただけだ。


「もう遅いですね」


誰に言うでもなく、雨露は小さく呟いた。


その夜も、深夜二時のファミレスは営業していた。


華やかで、

少しだけ苦しくて、

それでも、帰る場所ではあった。


情緒は減っていたが、

誰も、席を立とうとはしなかった。


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