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深夜二時のハングアウト  作者: 充電


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第58話 触れたら負けの連想実験

深夜二時。

客の数はまばらで、店内にはコーヒーマシンの低い唸りと、時々、氷が落ちる音だけが残っていた。


その静けさの中で、文月は突然、カウンター席に置かれていたストロー立てを引き寄せた。


一本、二本、三本。


テーブルの縁に、慎重に並べていく。


赤。

白。

緑。


雨露は伝票をまとめながら、その手元を一瞥しただけで、目を逸らした。


「今から実験をするよ」


文月は、いつもよりも声を落として言った。


「“連想しない努力”って、どこまで可能か」


菅原は、トレイを抱えたまま、間の抜けた顔でストローを見た。


「え、これ……」


口を開きかけた瞬間。


「言わなくていいです」


雨露の声は即座だった。

低く、静かで、余計な感情が一切混じっていない。


菅原は「あっ」と声を詰まらせる。


「……今、危ないやつでした?」


「ええ。かなり」


文月は満足そうに頷いた。


「いい反射神経だね、雨露くん。

ほら、菅原くん。“それ”を言った瞬間、実験は失敗だから」


「いや、でも先生、これ色がもう……」


「色は色だよ」


文月は真顔で言い切った。


「人は勝手に意味を乗せる。

でも意味を乗せなければ、ただの色だ」


「それ、無理じゃないっすか」


菅原は笑いをこらえきれず、口元を歪めた。


「もう見た瞬間に——」


「言わなくていいです」


再び雨露。


「……本当に、言わなくていいです」


菅原は唇を噛んで、視線を泳がせた。


「いや、でも、あの……」


「菅原くん」


文月が優しく呼ぶ。


「今、君の脳内では何が起きてる?」


「起きてるっていうか……起きちゃいけないやつが、めちゃくちゃ起きてます」


雨露は深くため息をついた。


「実験対象として、適性が高すぎますね」


「褒められてます?」


「評価はしています」


文月はストローを一本ずつ指で弾いた。


「赤。白。緑。これを見て、何も思わない努力をする」


「それ、逆に思うやつじゃないですか?」


「そう。だから実験なんだ」


菅原はとうとう吹き出した。


「無理っすよ。

だって店内のBGMも、なんか今日——」


「それ以上は業務妨害になります」


雨露の声が、ほんの少しだけ硬くなる。


「……すみません」


菅原は一歩引いたが、笑みは消えない。


「でも、雨露さんだって、ちょっと気にしてません?」


「私は、していません」


即答だった。


「季節が移ろうのは、業務上想定内です」


文月は目を細める。


「それ、“考えない”じゃなくて、“考えないようにしている”だよ」


「区別は不要です」


「その区別を放棄するのが、一番不健全なんだけどね」


二人の間に、短い沈黙が落ちる。


菅原が耐えきれず、肩を揺らした。


「いや、もう顔が……二人とも、“触れたら負け”みたいな顔してますよ」


「触れていません」


「触れてない触れてない、まだね」


文月は楽しそうだった。


「ほら、見て。誰も言ってない。

なのに空気だけが、じわじわ寄ってきてる」


その瞬間だった。


店内スピーカーから、ほんの一瞬。


——チリン。


鈴の音。


三人の動きが、同時に止まる。


誰も、何も言わない。


菅原の口角が、ゆっくり上がる。

雨露は目を逸らし、ため息をつく。

文月だけが、静かに笑った。


「ほら」


勝ち誇ったように。


「世界の方が先に言い出した」


雨露は数秒沈黙したあと、伝票を持ち直す。


「……業務に戻ります」


「実験は成功ですか?」


菅原が聞く。


文月はストローをまとめながら答えた。


「失敗だよ。

でも、とても美しい失敗だ」


菅原は頷いた。


「深夜っぽいっすね」


雨露は何も言わず、厨房へ向かった。


赤と白と緑のストローだけが、

何事もなかったように、机の上に置き去りにされていた。


天井のスピーカーは、

もう何事もなかったような曲を流している。


そして誰も、最後まで“それ”を口にしなかった。


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