第56話 心の電波は受信できません
深夜二時。
ファミレスの店内は、音が少なかった。
正確には、音はあるが意味がない。
空調の低い唸り。
コーヒーマシンの定期的な作動音。
食器が触れ合う、乾いた音。
人がいるのに、会話がない時間帯だった。
「――えー、こちら」
その沈黙を、菅原が破った。
「深夜二時のファミレスより、お届けしております」
誰も返事をしない。
菅原は気にせず、ドリンクバーの前に立った。
「本日もお聴きいただき、ありがとうございます」
宮間が、ゆっくり顔を上げる。
「……何をしてるんですか?」
「深夜ラジオっす!」
即答だった。
「この時間、起きてる人って限られてますからね!」
「放送はしていません」
雨露は伝票を書いたまま言った。
「電波設備がありません」
「心の電波っす!」
「受信できません」
「……ですよね」
一応、引き下がる気配だけは見せる。
菅原は構わず続けた。
「今夜も眠れないあなた、
コーヒー片手に聞いてくれてますか」
安藤が目を輝かせた。
「えっ、ラジオですか?」
「そうなんすよ!」
「じゃあ私、リクエストいいですか!」
「もちろんっす!」
「元気出るやつで!」
「了解です!」
菅原はコーヒーを注ぐ。
「――ここで一曲、コーヒー注ぐ音」
「SEですね!」
「SEっす!」
宮間は、小さく笑ってしまった。
文月は、ストローを指で転がしながら言う。
「深夜ラジオってさ」
「はい」
「顔が見えない安心感なんだよね」
「分かります、それ」
少しだけ、声の調子が落ち着く。
「誰が聞いてるか分からないけど、誰かはいる」
雨露が言う。
「ここは見えています」
「……まあ、そうなんですけど」
言い返そうとして、やめた。
「だからこそ、逆にラジオっぽい」
文月は淡々と続ける。
「距離がある」
菅原は、感心したようにうなずく。
「いいっすね……距離感のある放送」
宮間が、おずおずと口を開く。
「……これ、匿名ですよね」
「もちろんっすよ!」
「じゃあ……」
宮間は一度、言葉を探す。
「最近、夜がちょっと怖くて……」
菅原は、少しだけ声色を変えた。
「お便りありがとうございます。
ラジオネーム――」
一拍。
「……宮間さん?」
「そのままですね」
「匿名って言ったのに」
宮間は苦笑した。
「……誰かが起きてるって思えるだけで、少し楽なんです」
「分かります、それは」
今度は、軽くない。
安藤が即答する。
「私も夜中、ラジオつけっぱなしです!」
文月は静かに言った。
「独り言に、居場所を与える装置だよ」
「……いい言い方っすね」
少し、素直に感心している。
「ラジオって」
「妄想だけどね」
「妄想でも、いいと思うんですけど」
雨露は、ペンを止めた。
「業務中です」
「……はい」
一瞬で、現実に戻る。
「でも、深夜ですし」
「時間帯は免罪符ではありません」
「……海外なら普通っすよね」
「海外でも業務中です」
「……ですよね」
さすがに反論はしない。
その静けさを、菅原が締めに入る。
「それでは皆さん、そろそろお別れのお時間です」
「……もう終わりですか?」
安藤が残念そうに言う。
「また来週!」
「来週も、来ますからね」
「同じ時間、同じ場所で」
雨露が顔を上げた。
「菅原くん」
「はい」
「仕事して下さい」
「……はい」
放送は、電波に乗らなかった。
だが、深夜二時の店内には、
少しだけ人の気配が残っていた。
現実は、
いつも無音で始まり、
一言で終わる。




