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深夜二時のハングアウト  作者: 充電


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55/55

第55話 初雪観測失敗事件

深夜二時。


外は確実に冬の気温なのに、ファミレスの店内は相変わらず現実感のない暖かさを保っていた。


暖房の風が天井付近を巡回し、どこにも着地していない。


カウンター席の端で、文月がコーヒーをかき混ぜていた。

スプーンがカップの内側に当たり、小さく乾いた音を立てる。


その音が止まった瞬間、文月が顔を上げた。


「今、降った」


落ち着いた声だった。

確認でも疑問でもなく、事実を淡々と告げるような口調。


「……何がですか」


雨露は伝票を揃えたまま、顔を上げずに返す。


「雪」


文月は窓の外を見たまま、短く答えた。


一瞬の間。


次の瞬間、店内にいた全員が、ほぼ同時に窓の方を見た。


安藤は水の入ったピッチャーを持ったまま動きを止め、

宮間はスープのスプーンを口に運びかけた姿勢で固まり、

マリエはテーブルに広げかけていたタロットカードをそのままに、視線を上げた。


ガラスの向こう、駐車場の街灯に照らされて、

白いものが、ひらりと視界を横切った。


「……あ」


安藤が、小さく声を出す。


白いそれは、ゆっくりと回転しながら落ちてくる。


明らかに雪の動きではないが、否定するには一瞬、判断が遅れる程度の紛らわしさがあった。


「……降ってます?」


宮間が、不安そうに言う。


「ほら」


文月が、わずかに顎を上げる。


「初雪」


白いそれは、風に煽られ、駐車場の端で地面に触れた。


そこで初めて、全員が理解した。


白いビニール袋だった。


スーパーのロゴが、街灯の下でぼんやり浮かび上がっている。


「……」


沈黙。


「……」


誰もすぐには何も言わなかった。


「運命ね」


最初に口を開いたのは、マリエだった。


深刻そうな顔で窓を見つめ、ゆっくり頷く。


「雪だと思った、その瞬間が大事なの」


「……兆候、ですか?」


宮間が、半分本気で尋ねる。


「そうよ。変わる前触れ」


「いや、でも」


安藤が慌てて首を振る。


「どう見ても袋ですよ?ビニールの」


「だからいいのよ」


マリエは気にしない。


「人生も、だいたい袋みたいなものだもの」


「……」


雨露は、窓の外のビニール袋を一度だけ見てから、淡々と言った。


「雪ではありません」


声はいつも通り冷静で、余計な感情が一切含まれていない。


「断定できる理由ある?」


文月が聞く。


「降り方です」


「なるほど」


「素材です」


「それは身も蓋もないね」


「袋ですので」


「でも」


文月は、少し楽しそうに続ける。


「一瞬、信じたんじゃない?」


安藤は言葉に詰まる。


宮間も、何も言えない。


マリエは、満足そうに微笑んだ。


「ほら」


「……」


雨露は、返事をせずに伝票を揃え直した。


その間にも、ビニール袋は再び風に持ち上げられ、ふわりと舞い上がる。


「……また降ってます」


宮間が、小さく言う。


「二度目の初雪ね」


マリエが即答する。


「重ねてくるタイプ」


「しつこいタイプですね」


安藤が苦笑する。


文月は、窓の外を見ながら、静かに言った。


「初雪って、誰と見るかが重要なんだよ」


「……」


誰も、すぐには否定しなかった。


「今夜は、ここですね」


安藤が言う。


「……そう、ですね」


宮間が、少し安心したように息を吐く。


雨露は一拍置いてから、淡々と口を開いた。


「ご注文、追加はございますか」


宮間が、少し元気を取り戻した声で言う。


「………からあげ、食べようかな」


安藤が続けて、メニューを指差す。


「温かいものがいいわ」


マリエは少し考えてから、


「オニオングラタンスープ」


文月はカップを置き、軽く首を傾げる。


「じゃあ、ナポリタン」


「……承知しました」


雨露は淡々と伝票に書き足す。


ビニール袋は、いつの間にか視界から消えていた。


誰も、それを追わなかった。


「……結局、降りませんでしたね」


安藤がぽつりと言う。


「そうですね」


雨露は、ほんの少しだけ声を和らげて答えた。


「ですが」


一拍。


「寒い夜ではありません」


その言葉に、誰も否定しなかった。


深夜二時。

初雪は観測されなかったことにされながら、

確かに一度だけ、全員の中に降ったことになっていた。


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