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深夜二時のハングアウト  作者: 充電


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第47話 深夜二時四十分の使い分け

深夜二時四十分。

ファミレスに向かうモモコは、足を止めた。


店の脇、街灯の下。

夜気にさらされた場所に、見覚えのある後ろ姿がある。


久世だった。


壁に背を預け、携帯電話を耳に当てている。

背筋は伸びているが、肩の力は抜けていた。

店内で見る姿よりも、ほんの少しだけ輪郭が曖昧だ。


「……今は出られない」


低い声。

甘さも、作った明るさもない。


モモコは無意識に歩調を緩め、電柱の影に立つ。


ヒールが鳴らない位置を選ぶのは、癖だった。


「分かってる。でも、今日は無理だ」


短い間。


「俺が行ったら、余計こじれるだろ」


その一言で、はっきりした。


ああ、これは。


店内で聞く声じゃない。

ホストの声だ。


「……悪いな」


通話が切れる。


携帯を下ろしても、久世はすぐには動かなかった。

街灯の白い光に前髪が揺れる。


表情は見えない。

けれど、作っていないのは分かる。


モモコは小さく息を吐いた。


「……あらやだ」


誰にも聞かせない、喉の奥だけの声。


声をかけるべきか、一瞬だけ迷う。

名前を呼ぶには近すぎて、知らないふりをするには遠い。


その逡巡の隙に、久世は顔を上げ、店の方へ歩き出した。


切り替えが、早い。


数分置いてから、モモコも歩き出す。

今度はわざと、ヒールを鳴らしながら。


ドアを少し派手に開けた。


「はーい!!

今日も世界に振られた女、入店よー!!」


その声で、店内の空気が一段戻る。


カウンターの内側で、雨露が顔を上げた。


「いらっしゃいませ」


淡々とした敬語。

けれど、ほんのわずかに“いつもの客”への温度がある。


「ちょっと遅くなっちゃったわ」


「お好きな席へどうぞ」


モモコは歩きながら、ちらりと久世を見る。


彼はすでに椅子に深く腰掛け、姿勢を整えている。


さっき外で見た輪郭は、もうない。


「おかえり」


文月が軽く声をかける。


「外、寒かった?」


「少し」


短い返事。


「電話?」


「仕事です」


その言葉を聞いた瞬間、モモコの中で線が引かれる。


(こっちが素なのね)


外で聞いた「俺」は、もう引っ込んでいる。


モモコは何も言わず、久世の向かいに腰を下ろした。


「アンタ、今日コーヒー?」


「ええ。ブラックで」


「じゃあ、私も同じのちょうだい」


雨露が注文を復唱し、静かに離れる。

文月は二人を見ているが、口は挟まない。


ブラックコーヒーが運ばれてくる。


モモコは砂糖もミルクも取らなかった。


「今日は、これでいいわ」


「……そうですか」


「ええ」


カップを持ち上げながら、モモコは一瞬だけ久世を見る。


何か言いかけて、やめる。


外で見た背中を、ここに持ち込む資格はない。


踏み込めば、境目が滲む。

それは、彼が一番嫌うことだと分かっている。


久世はコーヒーに口をつける。

静かな所作。


雨露は少し離れた位置から、その様子を見ていたが、何も言わない。


文月も、ストローを弄ぶだけだ。


店内は、いつも通りの深夜に戻る。


ただ一人だけ。

“外の声”と“中の声”を知ってしまい、

それでも口を噤んだ客がいるだけだった。


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