第46話 相談してるうちに朝が来る
深夜二時を少し回った頃。
ファミレスは「今日が昨日なのか、明日が今日なのか分からなくなる時間帯」に突入していた。
客はまばら。
だが、沈黙は薄く、どこか張りつめている。
フォークが皿に当たる音。
ドリンクバーの氷が落ちる音。
そして、宮間の小さな咳払い。
「……あの」
全員が、なんとなく察した顔になる。
「あ、これ来るやつっすね」
「来るやつ?」
「深夜二時の“重め相談”」
「重いとは限りません」
雨露は即座に訂正する。
「……多分、重いです」
宮間が先に認めた。
「時間が……怖くて……」
一瞬、誰も口を開かなかった。
文月が、ストローをくるくる回しながら言う。
「時間が怖い、か。
それはつまり、敵を“概念”に設定したってことだね」
「勝てますか……?」
「まず勝てない」
「即答しないでください」
「でも安心して、負けるのは全人類だから」
「余計怖いです」
菅原が身を乗り出す。
「でも分かりますよ!俺も気づいたら三時で、『え、さっきまで二時じゃなかった?』ってなるんすもん」
「それは、時計を見てないだけでは」
「いや、見てたんすよ!見たうえで裏切られた感じです!」
「時間は裏切りません」
雨露はコーヒーを置きながら言った。
「予定通り進んでいます」
「それが一番怖いんですよ……」
安藤が、少し考えてから口を開く。
「宮間くん、時間が怖いって……具体的には、何が起きそうなんですか?」
「えっと……」
宮間は指を折りながら考える。
「気づいたら歳を取ってて、気づいたら一人で、気づいたら……誰にも気づかれずに……」
「ストップ」
雨露が遮る。
「店内で“気づいたら孤独死”は縁起が悪いです」
「す、すみません……!」
「謝るところではありません」
文月が、紙ナプキンを一枚引き寄せる。
「いいかい宮間くん。
時間が怖い人は、大体“今”を見ていない」
「今……?」
「そう。“今ここでドリンクバー三杯目を飲んでいる自分”を軽視している」
「そんな自分、重視する必要あります……?」
「ある。なぜなら今、それをやっているのは“生きている証拠”だから」
「……なんか、急に哲学っぽくなりました」
「深夜だからね」
「万能すぎませんか、その理由」
菅原が、急に腕時計を見る。
「でも今、二時四十七分っすよ?」
「言わなくていいです」
宮間が、ほぼ反射で言った。
「すみません!」
「え!?謝らないでください!」
「……怒られた流れかと思って」
安藤が慌ててフォローする。
「ほら、まだ三時にもなってませんし!」
「フォローになってませんよ」
会話は、どんどん本筋からズレていった。
時間は敵か味方か。
時計を見る派と見ない派の論争。
海外では時間がルーズらしいという菅原の話(真偽不明)。
その間にも、確実に時間は進む。
「……あれ」
安藤が窓の方を見る。
「外、ちょっと明るくないですか?」
「え」
宮間が固まる。
「まさか……」
菅原も振り返る。
「うわ、マジだ。空、朝の色してます」
「そんな……僕、時間の話してただけなのに……」
「話してる間に進むのが時間だよ」
文月が穏やかに言う。
「残酷ですね」
「親切だとも言える」
雨露が、淡々と告げる。
「まもなく、モーニングが始まります」
その言葉に、全員が一瞬黙った。
「……じゃあ」
宮間が、恐る恐る言う。
「時間って……怖いですけど……」
「はい」
「……今日までは……大丈夫でしたね」
雨露は頷いた。
「少なくとも、当店滞在中は」
「……生き延びました」
菅原が笑う。
「いやー、今日も無事に朝っすね!」
文月が立ち上がる。
「人類、今日も時間に負けた」
「負け前提なんですね」
「勝ったら多分、時間止まるから」
「それはそれで怖いです!」
朝の光が、ガラス越しに店内へ入り込む。
結論は出なかった。
悩みも消えていない。
だが、宮間はちゃんと席に座り、
朝を迎えていた。




