第38話 山盛りフライドポテト論争
深夜二時。
客は少ない。音も少ない。
この時間帯のファミレスは、だいたい人間の本音が沈殿している。
カウンター席の端に、文月が座っていた。
メニュー表を開いたまま、じっと動かない。
思考している、というより、観察されている気がする。
メニューに。
「……雨露くん」
「はい」
「山盛りフライドポテトってさ」
嫌な予感がした。
「“山盛り”って、どの時点から山なんだと思う?」
「定義の話ですか」
「そう。哲学的に」
来た。
締切が近い文月は、だいたいこうなる。
「じゃがいもが自らを“盛られている”と自覚した瞬間、そこが山の始まりじゃないかな」
「自覚は不要です。厨房判断です」
淡々と返すと、文月は満足そうに頷いた。
「なるほど。主体の否定。いいね」
良くはない。
テーブル席では、宮間がいつものポテトを前に、一本ずつフォークで食べている。
まるで確認作業だ。
「……これ……多すぎると……逆に……不安になるんですよね……」
「何がですか」
「……食べきれなかった人生みたいで……」
安藤が、通りがかりにつまみ食いをした。
「あ、すみません! 一本だけ!」
「……今ので……僕の未来が……一本……減りました……」
「え!? すみません! じゃあ二本返します!」
返しようがない。
厨房から、サモンが顔を出した。
「ポテト、今日、ちょっと、カリカリ、うまい。油、いい感じ」
「油の“いい感じ”とは」
文月がすかさず聞く。
「えっと……昨日より……元気」
「油に元気を感じる感性、好きだな」
嫌な肯定をしないでほしい。
その時、だった。
「……あの……」
宮間が、メニュー表を閉じた。
「今日は……ご褒美……頼んでも……いい日でしょうか……」
店内の空気が、一段階だけ静かになる。
「え、宮間さん!? ご褒美の日ですか!?」
安藤が過剰に反応する。
「……はい……怒鳴られなかったので……」
「基準低くないですか?」
「低い方が……生きやすいんです……」
文月が、にやりと笑った。
「それは年に数回のやつだね。“選ばれし甘味”の時間だ」
「……そんな……大げさな……」
そう言いながら、宮間はチョコパフェを注文した。
来るまでの時間が、やけに長く感じる。
待っている間、宮間はずっと、テーブルを見ていた。
「……もし……これを食べ終わったあと……何も残らなかったら……どうしよう……」
「皿は残ります」
「……それは……洗われますよね……」
「はい」
「……ですよね……」
パフェが来た。
チョコソース。アイス。コーンフレーク。
存在を主張しすぎない、ちょうどいい高さ。
宮間は、すぐには手をつけなかった。
「……今……これが……あるってことが……大事で……」
「写真撮ります?」
「いえ……記憶に……残したいので……」
一口目を、慎重にすくう。
「……甘い……」
二口目で、少し肩の力が抜ける。
三口目で、目が遠くなる。
「……生きてる……」
「大丈夫ですか?」
「はい……たぶん……」
その様子を見ながら、文月が呟いた。
「人はさ、締切とか、孤独とか、全部“量”の問題なんだよ」
「何のですか」
「抱えられる量。ポテトも、人生も」
「じゃあ山盛りは」
「多すぎる」
即答だった。
サモンが頷く。
「うん。多すぎると、こぼれる。もったいない」
安藤が、残ったポテトを見て言った。
「じゃあ、これはみんなで食べた方がいいですね!」
「勝手に配らないでください」
深夜三時。
ポテトは少し減り、パフェは空になった。
宮間は、少しだけ背筋を伸ばしている。
「……明日も……来ても……いいですか……」
「営業時間内なら」
「……ありがとうございます……」
文月は、またメニュー表を開いた。
締切は、まだ来ない。
今夜は、少しだけ平和だった。
たぶん。




