表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深夜二時のハングアウト  作者: 充電


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/60

第3話 泳ぐ金魚とドリンク無料券

深夜二時。

シャッター商店街は、今日も世界から切り離されたみたいに静まり返っている。その中で、なぜか観葉植物だけが生き生きしているファミレスは、変わらず営業中だった。


カウンターには、雨露と宮間がいるだけだった。


宮間はテーブルに突っ伏し、微動だにしない。

気絶しているのか、深い孤独死妄想の海に沈んでいるのか、判別は難しい。


そこへ、入口のドアベルが鳴った。


「失礼します」


パンツスーツに身を包んだ女性が、店内を見回す。

笹原だった。


「……先生は?」


「いません」


雨露は、レジから目を上げずに即答した。


「本当に?」


「ここにいるお客さんは、気絶してる宮間さんだけです」


笹原は一瞬だけ目を閉じ、ゆっくり息を吐いた。


「……そうですよね」


カウンター席に腰を下ろすと、背筋を正したまま、天井を見上げる。


「もう……本当に、手に負えないんです」


「そうですか」


「締切前になると、急に“書けない自分を観察したい”とか言い出すんですよ?」


「観察は、たいてい逃げの別名です」


「そうなんです!……しかも次の連載、全然進んでなくて……」


笹原の声は、だんだん熱を帯びていった。


「プロットは白紙、本文は三行、メモは哲学!編集会議で何て言えばいいんですか!」


宮間が、ピクリと指先を動かした。

が、目は覚まさない。


雨露は、淡々とコーヒーを淹れながら言った。


「愚痴は何杯目ですか」


「……一杯目、のはずです」


「表情的には三杯目です」


笹原は、苦笑してコーヒーを口に運んだ。


「先生は追い詰められた美学とか言うんですけど……こっちは、美学じゃなくて納期なんです」


「納期は、哲学より強いです」


「ですよね……」


その後も、コーヒーは減り、愚痴は溜まった。


二杯目。

三杯目。


文月の奇行録は、途切れることなく続く。


「観葉植物に擬態したと思ったら、次は“編集者の視線から消える実験”ですよ?」


「成功率は高そうです」


「成功しなくていいんです!」


カウンターの端で、宮間が小さく呻いた。


「……しぬときは……ひとりじゃ……」



誰も拾わなかった。


三杯目のコーヒーを飲み干した笹原さんは、肩を落とした。


「……すみません。止まらなくて」


雨露は、レジ下から一枚の紙を取り出し、差し出した。


「ドリンク一杯無料のサービス券です」


「え?」


「編集者業は、消耗が激しいので」


笹原は一瞬きょとんとし、それから小さく笑った。


「……ありがとうございます」




その時だった。


ガラス越しに、店の前を通り過ぎる影が見えた。


目が合った。


文月だった。


「……あ」


次の瞬間、文月は踵を返し、全力で逃げ出した。


「先生っ!!」


笹原は立ち上がり、レジに向かって叫ぶ。


「お釣り大丈夫なんで!」


「はい」


鬼の形相で、外へ飛び出していった。




静けさが戻る。


雨露は、レジ横の金魚鉢を眺めた。

金魚は、狭い世界の中を、同じ軌道でぐるぐると回り続けている。


それはまるで、笹原に議題を押し付けて逃げ回る文月に見えた。


宮間は、まだ気絶している。


深夜ファミレスは、今日も誰かの逃亡と、誰かの苦労を、淡々と受け入れていた。


コーヒーの在庫だけが、少し減っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ