第27話 二回目の客と静寂を壊すオカマ
深夜四時を少し回った頃。
店内には、音らしい音がほとんどなかった。
換気扇の低い唸り。
冷蔵庫が思い出したように鳴る振動。
それだけだ。
雨露はカウンターで伝票を揃えている。
この時間帯は、片付けが仕事の大半になる。
ドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
顔を上げる前から、足音と気配で分かる。
ーー二回目だ。
男は前回と同じようにスーツ姿で、同じようにネクタイを外している。
座る席も同じ、カウンターの端。
「お一人様ですね」
「はい」
「コーヒーホットでよろしいですか」
一瞬、男が瞬きをした。
「……覚えていらっしゃるんですね」
「二回目ですので」
それだけだった。
久世は、わずかに口元を緩めた。
営業用ではない、作りかけの表情。
「では、それでお願いします」
雨露はコーヒーを淹れる。
深夜のブラックは、今日も苦い。
カップを置くと、久世は一礼した。
「ありがとうございます」
沈黙が戻る。
久世はスマホを出さない。
雨露は話しかけない。
深夜四時のファミレスは、こういう時間が正しい。
ーーそこへ。
ドアベルが、今度は勢いよく鳴った。
空気が割れる。
「…………」
「……なにこの静けさ!!?無音すぎない!?怖いんだけど!!」
ヒールの音を鳴らしながら入ってきたのは、モモコだった。
派手な服に、派手な声。
深夜の静寂に対する暴力。
「いらっしゃいませ」
雨露は、変わらない。
「ちょっと雨露くん、あたし死んだかと思ったわよ!?この店!!」
「通常営業です」
「通常がこれ!?修行場!?」
モモコはカウンターに腰を下ろし、久世を見た。
「あら?あらあら?イケメンじゃない」
久世は一瞬だけ目を向ける。
「……どうも」
声が低い。
「なにその声。夜の匂いするわね」
「そうでしょうか」
「するのよ。染みついてるの」
モモコは勝手に納得する。
「ブラック?」
「はい」
「ふーん、静かな男って信用ならないわよ」
「よく言われます」
即答だった。
モモコが眉を上げる。
「あら、否定しないのね」
「事実ですので」
雨露がコーヒーを追加で淹れながら、口を挟む。
「ご注文は」
「あたし?ハーブティー。今日は語るわよ」
「承知しました」
モモコは椅子に肘をつき、二人を見比べる。
「ねぇ、アンタたち。静かすぎない?」
「そうでもありません」
雨露。
「落ち着きます」
久世。
「ほら!もう息合ってる!!」
二人は視線を合わせない。
「ねぇイケメンさん。名前は?」
「久世です」
「下は?」
「ここでは不要です」
「……やだ、線引きが綺麗すぎて腹立つ」
モモコはハーブティーを受け取り、一口飲む。
「で?雨露くん、この人常連?」
「二回目です」
「二回目!?」
モモコが久世を見る。
「なのに覚えられてるの?」
「はい」
久世は少し照れたように笑う。
「それ、結構すごいわよ」
「そうでしょうか」
「ええ。あたし、なんて三年通ってるのに“今日は機嫌いいですね”で済まされるのよ」
「本日は声量が大きめです」
「褒めてないわよねそれ!?」
久世が、思わず小さく息を漏らした。
ーー笑った。
モモコは見逃さない。
「今の!今のよ!!」
「……癖です」
「怖っ。作り物?」
「仕事柄」
「やだ、深夜にホラー挟まないで」
雨露が淡々と告げる。
「落ち着いてください」
「アンタたち揃って冷静すぎるのよ!」
モモコは肩をすくめる。
「でもまぁ……悪くないわね、この空気」
少しだけ、声量が落ちた。
久世はコーヒーを飲み干す。
「長居はしません」
「そう?もっといていいのに」
「静寂が壊れますので」
「え、あたしのせい!?」
雨露が会計を出す。
「ありがとうございました」
久世は立ち上がり、一礼する。
「……また来ても、いいですか」
「どうぞ」
モモコがニヤリと笑う。
「次は三回目ね。もう常連よ」
久世は困ったように笑った。
「そうかもしれません」
ドアが閉まる。
静寂が、戻る。
「……ねぇ雨露くん」
「はい」
「あの人、絶対面倒なタイプよ」
「存じております」
「でも嫌いじゃないでしょ」
「否定はしません」
モモコは満足そうに頷いた。
深夜五時。
ブラックコーヒーと、オカマの余韻が、店内に静かに残っていた。




