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深夜二時のハングアウト  作者: 充電


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第22話 謝罪と写真は嘘をつかない

深夜二時。

ファミレスの照明は、現実を少しだけ薄める。

眠れない人と、帰りたくない人と、逃げてきた人だけが残る時間帯だ。


文月は、カウンター席に座り、メニュー表をじっと見つめていた。

動かない。

ページもめくらない。

視線だけが、写真の一点に縫い止められている。


締切前の顔だった。

美形ではあるが、「人としての余白」が削れている。


「……」


声をかけるべきか迷ったが、放置すると哲学が暴走するタイプなので、先に言っておく。


「ご注文、お決まりでしたら」


文月は、顔を上げずに言った。


「雨露くん。このハンバーグ、存在していると思う?」


来た。


「写真ですか」


「うん。この、完璧な焼き目と、理想的な肉汁」


「実物はもう少し現実的です」


「でも人は、この写真を信じて注文する」


「はい」


「つまり、人は“存在しているか分からないもの”にお金を払っている」


「広告という概念をご存じですか」


文月は、メニュー表を指でなぞる。


「写真は、嘘をつかないって言うだろう?」


「よく言われますけど」


「でも、真実も言わない」


「ややこしいですね」


「このハンバーグは、“理想のハンバーグ”であって、“実在のハンバーグ”ではない」


「哲学やるなら、せめてドリンクバー頼んでからにしてください」


その横で、宮間が小さくコーヒーをすすっていた。


「えっと……もし……写真のほうが本物なら……僕が今まで食べてきたものって……」


「影だね」


即答だった。


「影……」


「プラトン的には」


「今、深夜二時です……」


宮間は、カップを両手で包み込む。


「……ここに来てなかったら……僕、今頃……」


「考えなくていいです」


現実逃避は、適度が一番だ。


その時、入口のベルが鳴った。


「お疲れさまですー!」


安藤だった。

今日は私服だが、テンションは完全に勤務中だ。


「聞いてください!今日のバイト、すごかったです!」


嫌な予感しかしない。


「謝罪の練習相手でした!」


「謝る側ですか?」


「聞く側です!」


「……何の?」


「内容は教えてもらえません!」


胸を張るところではない。


「知らない人が、全力で謝ってくるんですよ!土下座の音がリアルで!」


文月が、メニューから目を離さずに言う。


「それは、“罪の受け皿”だね」


「え、褒められてます?」


「たぶん」


モモコが、カウンターの端でグラスを傾けた。


「謝られるのも才能よ。あたしなんて、謝ってばっかりなんだから」


「恋愛ですか」


「人生」


重い。


安藤は続ける。


「でも、最後は皆さんスッキリして帰るんです!」


「それ、安藤さんが引き受けてるだけでは」


「え?」


「謝罪の“置き場”にされてません?」


「……」


少し考えてから、安藤は笑った。


「まあ、時給いいですし!」


「万能な言葉ですね」


文月は、ようやく顔を上げた。


「ねえ雨露くん。この写真に、誰かが謝る必要ってあると思う?」


「ないです」


「でも、実物が写真と違ったら?」


「それは厨房の問題です」


「罪はどこに行くんだろう」


「クレーム用紙ですかね」


モモコが、くすっと笑う。


「深夜にぴったりの話題ね。謝罪と幻想」


宮間は、声を絞り出すように言った。


「……ここでなら……もし僕が倒れても……皆さん、気づいてくれますか……」


「気づきます」


「……本当ですか」


「伝票が増えないので」


「理由が業務寄りですね……」


文月先生が、少しだけ真面目な声になった。


「写真でも、謝罪でも、誰かが“向き合ったフリ”をしてくれるだけで、人は生き延びられるんじゃないかな」


安藤が頷く。


「分かります!私、聞くだけですけど!」


「聞くだけでいいこともある」


「時給も出ます!」


「そこ重要ですね」


深夜のファミレスで、メニュー写真は今日も完璧で、誰かの謝罪は宙に浮いたまま、それでも店は静かに回り続けている。


少なくとも、今夜はまだ。


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