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深夜二時のハングアウト  作者: 充電


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第14話 銭湯とランチタイム

その日の朝、笹原は重たい原稿の束を抱えて出社した。


物理的にも、精神的にも、ずしりとくる重さだった。


「ご苦労さま」


編集部長は、コーヒーを飲みながら軽く声をかけた。


「はい……なんとか……」


その「なんとか」の中には、

猛ダッシュする小説家、

ファミレスの観葉植物、

深夜の土下座カウント、

ありとあらゆるものが詰まっているが、説明はしない。


同僚たちは、原稿の厚みを見ただけで察したらしく、


「生きてたんですね……」


「今月もですか……」


「無理しないでくださいね」


と、もはや慰めとも激励ともつかない言葉を投げてきた。


笹原は笑って受け流した。





編集者という仕事は、こういうものだ。


午前中の最低限の引き継ぎを終えたあと、笹原は午後半休を申請した。


理由は「私用」。


その「私用」の中身は、まず銭湯だった。


昼下がりの銭湯は空いていて、

湯気も音もやさしく、

誰も締切を叫ばない。


湯船に肩まで浸かった瞬間、笹原は思った。


(……生き返る)


徹夜明けの体に、熱がじわじわ染み込む。


文月先生の顔が、一瞬だけ脳裏をよぎったが、

それはすぐに湯気に溶けた。


風呂上がり、牛乳を飲んで外に出ると、

少しだけ小腹が空いていることに気づいた。


時計を見る。


ランチタイム。


笹原は、少し迷ってから、あのファミレスのドアを押した。


普段なら絶対に来ない時間帯だ。


店内は明るく、

お客はまばらで、

深夜のあの重たい空気はない。


「いらっしゃいませ」


知らない店員の声。


雨露くんはいない。

文月先生も、当然いない。


それだけで、店は驚くほど平和だった。


笹原は席に案内され、メニューを開く。


「……ガパオライス?」


ランチ限定、と書いてある。


深夜では見たことがない。


運ばれてきた皿は、香りがよく、

目玉焼きがきれいで、

思った以上に本格的だった。


一口食べて、笹原は目を見開いた。


「……おいしい」


辛さは控えめで、日本人向けに整えられている。


深夜のファミレスで繰り広げられる哲学実験や逃亡劇とは、


まるで別の店のようだ。


(昼は、こんなに健全なんだ……)


昼のファミレスは、

ちゃんと「食事をする場所」だった。


深夜は、

人生の一部がこぼれ落ちる場所なのに。



それでも、笹原は思う。


深夜は深夜で、必要だ。


文月先生が暴走するのも、

宮間さんが孤独死を恐れるのも、

安藤さんが空気を読まないのも、

すべて、あの時間帯だから許されている。


そして何より__


(雨露くんがいる)


彼がいるから、

店は崩壊しきらず、

笹原の神経も、かろうじて保たれている。


辛辣で、淡々としていて、

誰の味方でもないようで、

結果的に全体を守っている人。


ガパオライスを食べ終え、

アイスコーヒーを一口飲む。


静かだ。


あまりにも、静かだ。


笹原は少しだけ笑った。


「……今度、文月先生がいない日に」


心の中でつぶやく。


「雨露くんに、また愚痴聞いてもらおっと」


深夜のファミレスで、

またあのカウンター席で。


そう思うと、なぜか足取りが軽くなった。


笹原は会計を済ませ、

穏やかな昼のファミレスを後にした。


次の締切が、

もうすでに、カレンダーに迫っていることには、気づかないふりをしながら。



今日くらいは、平和でいい。



そう思えるだけで、

編集者の日常は、なんとか回っていくのだった。


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