第13話 フランクフルトと怪談
夏祭りの屋台は、フランクフルトとペットボトル飲料、缶のお酒類に決定。
深夜ファミレスの一角、いつものテーブルに置かれたメモには、簡素な文字でそう書かれている。
「……以上です」
鳩山店長は穏やかに言った。
「思ったより、現実的ですね」
雨露がメモを見ながら言う。
「祭りの調理場は、戦場なので」
店長はやさしく微笑んだ。
「複雑なことをすると、みんな死んでしまいますからね」
「比喩が重いです」
厨房から、しょんぼりとサモンが顔を出した。
「ガパオ……」
「出ません」
雨露は即答する。
「トムヤム……」
「出ません」
「屋台でカレーとか、夢ありますよね!」
安藤がフォローする。
「夢はありますが、保健所と現場が死にます」
雨露は現実を叩きつけた。
サモンは少し考えてから、肩をすくめた。
「でも、お祭り、好き」
「それなら何よりです」
安藤はすでに、試食用に焼かれたフランクフルトを頬張っていた。
「おいしいです!お祭り感あります!」
「まだ一ヶ月先ですよ」
雨露が言う。
「気持ちが先走ると、体力が先に尽きます」
「えへへ」
文月は、椅子にもたれながら天井を見上げていた。
「夏祭りか……」
「先生、何か嫌なこと考えてません?」
雨露が警戒する。
「締切から逃げるとき、お面をかぶれば見つからないかなって」
「目立ちます」
「狐面なら?」
「より目立ちます」
「哲学的には?」
「納期的にはアウトです」
宮間は、フランクフルトの匂いと祭りの話題に、静かに震えていた。
「……人、多いですよね」
「多いですね」
「叫び声とか……」
「ありますね」
「迷子とか……」
「出ますね」
「……孤独死より怖いかもしれない」
「新しいジャンルを作らないでください」
その時、
カウンター席に、ヒールの音が響いた。
「ねえ、夏といえば」
モモコだった。
仕事終わりらしく、少し疲れた顔をしているが、目はきらきらしている。
「怪談よ」
空気が、一段階冷えた。
「え!いやです!」
安藤が即座に言った。
「えー、夏の風物詩じゃない」
「…苦手です」
宮間はメニュー表を盾にする。
「でも、聞いちゃうタイプ?」
「……はい」
文月は、少し嬉しそうだった。
「怖い話、好きだな」
「でしょうね」
雨露は冷静だった。
「平気です」
「あたしも」
モモコは頷いた。
「じゃあ、まずあたしから」
そう言って、モモコは声を落とす。
「この前ね、店の前で痴話喧嘩してたでしょ」
「よく見ます」
雨露が言う。
「あのとき、後ろに誰か立ってたの」
「ひぃ…」
安藤が耳を塞ぐ。
「振り返ったら、誰もいなかったのよ」
「それ、ただの通行人では」
「でもね」
モモコは笑った。
「そのあと、元カレから連絡きたの」
「怖さの方向が違います」
次は、文月だった。
「私の話はね……」
「短くしてください」
「締切前、原稿用紙が勝手に増えるんだ」
「怖い」
宮間が震える。
「一枚、また一枚」
「それは現実です」
雨露が断じた。
「じゃあ、…僕」
宮間が意を決して言った。
「深夜、帰宅すると……」
全員が見る。
「部屋の電気がついてるんです」
「……」
「……」
「消し忘れでした」
「よかった」
安藤は泣きそうだった。
「私の話は――」
安藤が口を開く。
「バイト先で、誰もいないはずの倉庫から……」
「……」
「知らないエナジードリンクが出てきました」
「それは怖いですね」
雨露が初めて同意した。
最後に、雨露が言う。
「この店で一番怖いのは」
「……」
「夏祭りの後の、在庫管理です」
沈黙。
そして、全員が少しだけ笑った。
クーラーは相変わらず効きすぎていて、
夏祭りはまだ先で、
深夜ファミレスは、今日も無事に平和だった。




