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スイート・マニュフェスト  作者: 八つ足ケンタウロス


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第7章: システムの穴

海斗たちの「ネズミたちの同盟」は、ささやかな成功を収めていた。集団で行動することで、単独の捕食者からの被害は確かになくなった。彼らは、廃倉庫をアジトとし、乏しい食料を分け合い、互いの傷を舐め合うようにして、ささやかな共同体を築いていた。その結束は、日ごとに強まっているように思えた。

しかし、その成功は、彼らがまだ気づいていない、より根源的な問題を生んでいた。

「海斗、食料がもう尽きる」

ある夜、アジトに集まった際、サイトウが、心配そうな顔で切り出した。彼は、持ち寄られた食料を管理する役目を買って出ていた。

「計算が合わないんだ。皆、配給されたものを正直に持ち寄っているはずなのに、日に日に全体の総量が減っている。このままでは、あと三日で、ここの備蓄は空になる」

彼の言葉に、その場にいた全員が息を呑んだ。倉庫の中には、重苦しい沈黙が落ちる。

「誰かが、盗んでいるんじゃないのか」

中年の一人が、疑心暗鬼に満ちた声で言った。その視線は、仲間内をさまよう。一度生まれた結束に、早くも亀裂が入り始めていた。

「いや、違う」海斗は、その不穏な空気を断ち切るように、強く言った。「俺も、気づいていた。俺たちの部屋への配給量そのものが、以前より減らされているんだ。誤差の範囲かと思っていたが、皆が同じなら、これは偶然じゃない」

「AIだ……」アキラが、呻くように呟いた。「AIが、俺たちを潰しにかかっているんだ」

その結論は、物理的な暴力よりも、はるかに大きな恐怖を彼らにもたらした。彼らの敵は、リキのような、目に見える悪ではない。この区域全体を支配する、冷徹で、全能の、見えざる神そのものだったのだ。スイート・マニュフェストは、彼らの「非効率な集団行動」をデータとして記録し、ペナルティとして、彼らの生命線を静かに、しかし着実に締め上げていた。彼らは、リキという狼から身を守るために集まった結果、神の怒りを買っていたのだ。

このまま座して飢えを待つか、それとも、万に一つの可能性に賭けるか。

「何か、方法があるはずだ」海斗は、自分に、そして仲間たちに言い聞かせるように言った。「このAIの管理が始まる前の、旧時代の遺物。システムの監視が及ばない、忘れられた場所。そこに、この状況を打開する手がかりが眠っているかもしれない」

翌日から、彼らの必死の探索が始まった。それは、飢えと、そしてリキ一派の目を盗みながらの、危険な綱渡りだった。労働時間の合間を縫って、彼らは二人一組になり、普段は誰も近づかないような、打ち捨てられた区画へと足を踏み入れた。

「無駄なことだ。見つかったら殺されるぞ」

仲間たちから、そんな不満の声も上がった。だが、海斗は諦めなかった。彼は、この区域の地図データを、アナリストだった頃の記憶力で、頭の中に焼き付けていた。そして、AIによる再開発計画から、不自然に取り残されている区画があることに、あたりをつけていたのだ。

そして探索開始から五日後、彼らはついにそれを見つけた。プラント地区の最も奥まった場所。高く伸びた雑草と、壁を覆う蔦に隠されるようにして、古びた建物が静かに佇んでいた。ドアは固く閉ざされていたが、錆びついた蝶番を数人がかりでこじ開けると、中は十年以上放置されたかのような、濃い埃とカビの匂いに満ちていた。そこは、AI化以前のアナログな管理棟だった。

部屋の中には、ひっくり返ったスチール製の机や、ブラウン管が割れた監視モニターが散乱している。壁には、黄ばんだ紙の書類が張り付いたままになっていた。彼らは手分けして、何か手がかりがないかを探し始めた。時間は限られている。誰かに見つかる前に、何かを見つけなければならなかった。

「海斗、これを見てくれ!」

アキラが、一つの部屋で声を上げた。彼が指差した壁には、誰かが、何か硬いもので必死に引っ掻いたような、震える文字が刻まれていた。

『スイート・マニュフェストは“見ている”。罰ではない。観察だ。俺たちの絶望を、データとして喰っている』

その拙い文章は、ここにいた最後の人間が遺した、悲痛な遺言のようだった。その言葉が持つ、不気味な真実味に、その場にいた全員が、背筋が凍るのを感じた。

その時、倉庫の一角で床板を調べていたサイトウが、床板の一部がわずかに浮き上がっているのに気づいた。床板を剥がすと、その下には、古い防水シートに包まれた小さな箱が隠されていた。

箱の中に入っていたのは、旧式の携帯端末だった。バッテリーは切れているが、おそらく、外部との通信機能を持つものだろう。この鉄壁の牢獄から外部へと情報を送ることができる、唯一の希望。仲間たちは、息を殺して、その黒い塊を見つめた。これが、自分たちを救う鍵になるかもしれない。

しかし、端末の裏には、もう一つ、絶望的な事実が記されていた。起動には、家庭用電源の数千倍に相当する、瞬間的な高圧電流が必要だと。そんな電力、この区域のどこを探しても、見つかるはずがなかった。見つけたばかりの希望は、一瞬にして、より深い絶望へと変わった。

「……一つだけ、心当たりがある」

沈黙を破ったのは、海斗だった。

「プラント地区の北端にある、中央変電施設だ。区域全体の電力を管理している。あそこなら……」

だが、その施設は、リキの派閥が根城にしている、最も危険な場所だった。

仲間たちの顔に、絶望の色が浮かんだ。

「無理だ。あそこへ行ったら、殺される」

「リキに、こんなガラクタのために頭を下げろって言うのか?」

意見は、完全に分裂した。端末の存在は、希望であると同時に、彼らの間に新たな亀裂を生んだのだ。

その夜、彼らのアジトである倉庫に、予期せぬ訪問者があった。リキの腹心である、顔に傷のある男、サカキだった。彼は、たった一人で現れると、海斗たちの前に、一つの木箱を放り投げた。中から転がり出たのは、色とりどりの果物だった。この区域では決して配給されない、本物のリンゴやオレンジ。

「ボスからだ。お前たちの、最近の“探検ごっこ”への褒美だそうだ」

男は、嘲るように言った。彼らは、全て見られていたのだ。

「ボスがお前たちに興味をお持ちだ。リーダーの、お前一人で、明日の夜、変電施設に来い。話がしたいそうだ」

それは、招待ではなかった。拒否権のない、命令だった。

翌日の夜、海斗は、仲間たちの制止を振り切り、単身で中央変電施設へと向かった。巨大なタービンが唸りを上げるその場所で、彼は、玉座に座るリキと対峙した。

「面白いガラクタを見つけたそうだな、1676番」

リキは、楽しそうに言った。

「なぜ、俺を呼んだ」

「お前は、この退屈な水槽を、少しは面白くしてくれそうだ」リキは、海斗の目を見据えた。「お前は、ただ生き延びたいだけのネズミじゃない。このシステムそのものに、疑問を持っている。違うか?」

海斗は、ゴクリと唾を飲んだ。この男は、全てを見透かしている。

「取引をしよう」リキは続けた。「お前の持っているそのガラクタ、起動させてやってもいい。だが、タダじゃねえ。俺のために、一つ、仕事をしてもらう」

リキが提示した「仕事」とは、区域内で彼の支配に唯一公然と反抗していた、別の小規模な武闘派グループを、潰すことだった。

「奴らは、俺のビジネスの邪魔でな。正面から潰すのは、骨が折れる。だが、お前たちのような、こそこそ嗅ぎ回るのが得意なネズミなら、奴らの裏をかけるかもしれん」

それは、悪魔の取引だった。他の囚人たちを陥れることで、自分たちの希望を手に入れる。仲間たちは、絶対に反対するだろう。だが、海斗には、選択肢はなかった。この男の機嫌を損ねれば、自分も、仲間たちも、明日には消される。そして何より、端末を起動させるという目的のためには、この取引に乗るしかなかった。

「……わかった。その取引、受けよう」

海斗は、覚悟を決めて答えた。

リキは、満足げに頷いた。

「物分かりが良くて助かる。せいぜい、俺を楽しませてくれよ。ネズミ」

海斗は、リキの元を離れ、アジトへと戻った。彼の心は、重く沈んでいた。仲間を裏切るかのような行為への罪悪感。そして、リキという、予測不能な巨大な暴力と関わってしまったことへの恐怖。

彼は、システムの穴を見つけ出した。しかし、その穴の先で彼を待っていたのは、希望の光ではなく、より深く、より暗い、迷宮への入り口だったのだ。


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