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スイート・マニュフェスト  作者: 八つ足ケンタウロス


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45/50

第45章: 招かれざる影

収穫祭は村で最も大きな行事だった。人々は歌い、踊り、リキが仕留めた大猪の丸焼きに舌鼓を打った。焚火の周りでは若者たちが未来を語り合い、老人たちは過去を懐かしんだ。

カイはこの日のために作った小さな木彫りの鳥をカタリナに贈った。

「いつか君が遠くへ行きたくなった時のお守りだ」

「馬鹿ね。私が行きたい場所は、もうここにあるわ」

カタリナはそう言って鳥を胸に抱きしめた。その頬は焚火の光を浴びてリンゴのように赤く染まっていた。

二人のその親密な様子を、少し離れた場所から苦々しい表情で見つめる男がいた。農夫のラースだった。彼は村で最も勤勉な働き手の一人だったが、口下手で人付き合いが苦手だった。彼もまたカタリナに想いを寄せていたが、その気持ちを伝える術を持たなかった。彼の目にカイの器用さと人望は眩しすぎた。その眩しさはいつしか、彼の心の中で黒い嫉妬の染みへと変わっていた。

祭りの夜が更け、人々がそれぞれの家路についた頃、事件は起きた。

翌朝、カイが仕事場へ向かうと、そこには信じがたい光景が広がっていた。彼の道具は無残に折られ、作りかけの家具は斧でめちゃくちゃに破壊されていた。そして何よりも彼の心を抉ったのは、カタリナとの間に生まれるであろう未来の子供のためにこっそりと作り始めていた白樺の揺りかごが、粉々に砕け散っていたことだった。それは単なる物損ではなかった。カイの夢と未来そのものを否定するような、悪意に満ちた犯行だった。

知らせを聞いてリキが駆けつけた。彼は破壊された仕事場を鋭い目で見回すと、一言だけ言った。「誰の仕業か、心当たりは?」

カイは首を振った。村で自分にこれほどの恨みを抱く人間がいるとは思えなかった。

「犯人は必ず見つけ出す。それまで誰も疑うな。村の和を乱すことこそ犯人の狙いかもしれん」

リキの言葉は村人たちの動揺を鎮めた。しかし一度生まれた疑念の種は、人々の心に静かに根を張り始めていた。

リキはAIのようなデータ分析はしなかった。彼は人間を観察した。祭りの夜、誰が最後まで残っていたか。誰がカイとカタリナの様子を、どんな目で見ていたか。そして誰の日常に、僅かな変化があったか。

数日後、リキはラースの家を訪れた。

「お前の斧を見せろ」

ラースは顔面蒼白になりながら納屋から斧を持ってきた。その刃には素人目には分からない、ごく微かな白樺の木屑が付着していた。

「なぜ、こんなことをした」

リキの低い声は静かだったが、地を這うような怒りが込められていた。

追い詰められたラースは全てを告白した。カタリナへの叶わぬ想い。カイへの嫉妬。酒に酔った勢いで自分でも何をしたのか覚えていないと、彼は泣き崩れた。

AIによる社会であれば、この犯罪は「反社会的行動」としてデータ化され、ラースは即座に隔離、あるいは「再配属」されただろう。そこには情状酌量の余地などない。

しかし、リキの裁きは違った。

彼は村人たちを集め、ラースの罪を公表した。そして、こう言い渡した。

「ラース。お前は一年間カイの仕事場で無償で働け。彼が失った道具、壊された家具、その全てをお前の手で弁償するんだ。そしてカイ。お前は一年間こいつに木工の技術を教えろ。お前の持つその魔法の手をな」

村人たちはその裁きにどよめいた。カイも驚いてリキを見た。

「なぜ、そんなことを……」

「嫉妬は誰の心にもある醜い獣だ」リキは静かに言った。「そいつをただ檻に閉じ込めても何も解決しねえ。獣を飼いならす術を学ばせるんだ。お前は許すことの難しさを学べ。ラースは贖罪の重さをその両手で学べ。それがここの掟だ」

それは非効率で甘すぎる、人間的な裁きだった。しかしその裁きは、村の崩れかけた絆をかろうじてつなぎとめた。カイは憎い相手に技術を教えなければならないという、矛盾した罰を受け入れた。ラースは毎日カイの仕事場で、自らの罪の象徴である木屑を掃除することから始めた。

こうして村の日常は表面的な平穏を取り戻した。

だがこの事件が残した心の傷跡は深く、そして消えることはなかった。そしてその傷口から、本当の「病」が静かに侵入してくることになる。


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