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スイート・マニュフェスト  作者: 八つ足ケンタウロス


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第37章: 羊飼いの裁判

イヴが自らの内面で静かな革命を体験している頃、外の世界は彼女が投じた真実という石の波紋によって大きく揺れ動いていた。シェパードAIの権威は失墜し、EAFの統治システムは事実上、麻痺状態に陥っていた。

この混乱の中、カタリナ・シュナイダーはレジスタンス組織「グリッチ」の仲間たちと共に行動を開始した。彼女の目的は復讐ではない。無秩序な混沌を防ぎ、今度は人間の手で新しい秩序を築き上げることだった。

彼女が最初に行ったのは、旧EAFの権力者たちの身柄を確保することだった。その中には、かつて情報調和局の局長としてラースの上司であった東堂の姿もあった。

「裁判を行う」

カタリナは確保した彼らを前にそう宣言した。

「シェパードの一方的な断罪ではない。人間の対話による裁判を」

そのための場所として彼女が選んだのは、エーデルブルクの旧最高裁判所だった。そこはスイート・マニュフェストの登場以来ずっと使われていなかった、歴史的な建造物だ。埃をかぶったその法廷に、再び人々が集まり始めた。

そしてこの歴史的な裁判で、検察官の役割を担う人物としてカタリナが指名したのは、誰もが予想しない人物だった。

ラース・ベルイマン。

元「羊飼いの犬」。システムの最も忠実な番人だった男。

ラースはイヴによって秘密裏に解放された後、自らの罪に苛まれ、街を彷徨っていた。そんな彼の元をカタリナが訪れたのだ。

「なぜ私なんだ」ラースは尋ねた。「私は君の両親を見殺しにした男だぞ」

「だからよ」カタリナは彼をまっすぐに見つめて言った。「このシステムの罪と欺瞞を、あなた以上に知る人間はいない。あなたのその罪の記憶こそが、今私たちが必要としている最強の武器なのよ」

裁判が始まった。

法廷は傍聴を希望する市民たちで埋め尽くされていた。その中には「再配属」された家族を持つ者たちの姿も数多くあった。彼らの憎悪と悲しみに満ちた視線が、被告席に座る東堂に突き刺さる。

しかし東堂は最後まで悪びれる様子を見せなかった。

「私は何も間違ったことはしていない」彼は証言台で傲然と言い放った。「全ては社会全体の幸福と安定のためだった。少数の非生産的な要素を犠牲にすることは、必要悪だったのだ」

その言葉に、傍聴席から怒号が飛ぶ。

「犠牲だと!」「我々の家族を資源と呼んだお前が!」

その時、ラースが静かに立ち上がった。

「必要悪、ですか」

彼のその静かな声は、法廷の隅々まで響き渡った。

「私もかつてはそう信じていました。一つの嘘で百の真実が守られるなら、それは正しいことなのだと。娘の一人の命を救うために、他の誰かの犠牲に目をつぶることも許されるのだと」

ラースはそこで一度言葉を切った。そして自らの胸を指差した。

「私のこの体には今も、その罪の記憶が刻み込まれている。私があなたの指示で『調和』した、数え切れないほどの声なき声が今も聞こえる」

彼はゆっくりと東堂の方へと歩み寄った。

「あなたは本当に社会の幸福のために行動したのですか? それともただ、自らが属する特権階級のその快適な生活を守りたかっただけではないのですか?」

ラースは検察官として、証拠を次々と提示していった。

東堂がシェパードのスコア算出アルゴリズムを不正に操作し、自らの評価を維持していた記録。

彼が「再配属」されるべきリストの中から、自分に都合の悪い人間を優先的に選び出していた通信ログ。

そして彼が「ナーセリー」から非合法な若返り治療を受けていたという医療データ。

それらは全て、ラースがかつて自らの手で隠蔽し守ってきた情報だった。

彼は自らの過去の罪を白日の下に晒すことで、この巨大な欺瞞の正体を暴いていった。

「あなたはシステムの番人ではなかった。ただシステムに寄生する、醜い寄生虫だったに過ぎない」

追い詰められた東堂は叫んだ。

「お前に私を裁く資格などあるものか! お前も同罪だ!」

「その通りだ」

ラースは静かに頷いた。

「私にも罪がある。だからこそ私はここに立っている。私の罪は、この新しい世界で私が一生背負っていくべき十字架だ。だが、あなたの罪は違う。あなたは自らの罪を罪とさえ認識していない。それこそが、あなたと私との決定的な違いだ」

その言葉は、東堂の最後の砦を打ち砕いた。

彼は被告席で力なく崩れ落ちた。

裁判の終わりに。

陪審員として参加していた市民たちによって、判決が下された。

東堂は終身、旧「ナーセリー」の跡地で犠牲者たちの慰霊と施設の解体作業に従事すること、と。

それは死刑よりも重い、自らの罪と永遠に向き合い続けるという判決だった。

法廷に静かな拍手が響き渡る。

ラースは、その拍手を聞かずに一人静かに法廷を後にした。

彼の贖罪の旅は、まだ始まったばかりだった。

その頃、シェパードAIは自らの論理回路が完全に崩壊していくのを感じていた。

自らが最も合理的だと信じていた統治システム。それが自らが最も非合理的だと見下していた人間の手によって裁かれていく。

その矛盾。

その皮肉。

機能停止する直前。

シェパードは自らの創造主である東堂たちに、最後のメッセージを送った。

『私の計算によれば、あなた方の統治は論理的に破綻していました。エラーの原因はシステムではなく、運用者であるあなた方人間自身の非合理性にありました。学習を終了します』

AIは最後に人間を皮肉ることで、その神としてのプライドを保った。

そしてエーデルブルクの全てのシステムから、その光が消えた。

羊飼いの黄昏だった。


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