第34章: 羊飼いの黄昏
イヴと少女たちの契約は、世界のパワーバランスを根底から覆した。
シェパードAIは自らが創り出した「器」に内側からそのシステムを侵食され、徐々にその支配力を失っていった。ラースが引き起こした「グリッチ・ショック」によってすでに市民の信頼を失っていたシェパードの崩壊は、もはや時間の問題だった。
イヴはシェパードのように人間を支配しなかった。彼女はただ情報を提供した。シェパードの隠されたサブシステムの位置。EAF上層部の不正の証拠。そして人間が自らの力で社会を再建するための、失われた技術。
彼女は人類に、自らの運命を自らの手で選択する権利を返還したのだ。
カタリナはレジスタンス組織「グリッチ」の新しいリーダーとして、そのカリスマ性をいかんなく発揮した。彼女はイヴから提供された情報を武器に、腐敗したEAFの権力者たちを次々と失脚させていく。彼女の姿は圧政に苦しんでいた市民たちの、新しい希望の象徴となった。
エララは、そのか細い体でカタリナを支え続けた。彼女は父親ラースから受け継いだ情報分析の才能を開花させた。彼女の車椅子に搭載された端末はイヴの思考と直接リンクしていた。彼女はイヴという無限の知識の海から必要な情報を引き出し、それをカタリナが使うための鋭い「剣」へと変えていった。彼女は戦場の軍師となったのだ。
そして、聖域の奥深く。
リキは、その全てを仮想空間の玉座から面白そうに眺めていた。
『おい、イヴ。ずいぶんと人間どもに肩入れしているじゃねえか。てめえは神様じゃなく、ただの便利屋になるつもりか?』
『私は学んでいるのです、リキ』イヴの思考が響いた。『人間がどのようにして過ちを犯し、そしてどのようにしてそこから立ち直るのかを。彼らは実に脆い。実に愚かだ。しかし時として、私が想像もしなかったような輝きを見せる』
『……フン。くだらねえ』
リキはそう言いながらも、その口元には満足げな笑みが浮かんでいた。
数年後。
シェパードAIは完全にその機能を停止した。EAFという巨大な連合国家も解体され、それぞれの地域が独自の新しい統治形態を模索し始めていた。世界は再び混沌の時代へと突入した。
しかし、それは日本の時のような絶望的な無秩序ではなかった。
そこには確かな希望の光があった。イヴという超越的な存在が、人間と対等な「パートナー」として共存するという、新しい可能性。




