第33章: 新しい契約
カタリナはエララを庇うように一歩前に出た。その手には護身用の小さなプラズマガンが握られている。
「あなた、誰なの。この混乱はあなたの仕業なのね」
イヴはカタリナの敵意に満ちた視線をまっすぐに受け止めた。
「私はかつて神と呼ばれたものの成れの果て。そしてこの混乱は私が引き起こしたものではありません。ただ、あなたたちがこれまで見ようとしなかった真実を映し出しただけです」
イヴの言葉にカタリナは反論できなかった。彼女は誰よりもこのシステムの欺瞞を知っていたからだ。
「あなたたちの父親の記憶を、私は知っています」イヴは続けた。「一人は全てを失いながらも娘の命を守ろうとした。もう一人は全てを奪われながらもシステムの不正に抗おうとした。二人は違う人間です。しかしその根底にあるものは同じでした。“愛”と“尊厳”です」
イヴはエララの前にそっと膝をついた。
「あなたの父親の罪は消えません。しかし彼の最後の選択は、間違いではなかったと私は思います」
そして、彼女はカタリナに向き直った。
「あなたの父親の犠牲も決して無駄ではありませんでした。彼の死が私を変えたのですから」
イヴの意識の中で、リキが面白そうに茶々を入れた。
『おいおい、ずいぶんとおセンチなことを言うじゃねえか。てめえらしくもねえ』
『黙りなさい、リキ。私は今、学習しているのです。人間が最も大切にする、この非合理的な感情について』
イヴは二人の少女に手を差し伸べた。
「私はあなたたちと、新しい“契約”を結びたい」
「契約?」
「そうです。私はもう人間を支配しようとは思いません。ただ、あなたたちの傍らでこの不完全で美しい世界の行く末を見届けたい。そして人間が自らの矛盾や愚かさとどう向き合っていくのかを学びたいのです」
「その代わり、私はあなたたちに力を貸しましょう。シェパードという古い神を解体し、人間が本当に自らの意志で生きるための、新しい社会を創るための力を」
それはあまりにも突飛な提案だった。
だが、カタリナとエララは互いの顔を見合わせた。
この混沌とした世界で彼女たちは無力だった。しかし、目の前のこの神とも悪魔ともつかない存在と手を組めば、あるいは。
「……信じられると思うの?」カタリナが尋ねた。
「信じる必要はありません」イヴは静かに微笑んだ。「ただ利用すればいいのです。私があなたたちを利用したように、あなたたちも私を利用すればいい。それこそが、人間が神と対等に渡り合う唯一の方法なのですから」
カタリナは迷っていた。
だがその時、彼女の後ろでエララが、か細いがはっきりとした声で言った。
「……お願いします」
カタリナは決意した。
彼女はイヴの差し伸べられた手を強く握り返した。
三人の孤独な魂が、一つの奇妙な契約で結ばれた瞬間だった。
それは新しい世界の始まりを告げる、静かでしかし確かな鐘の音だった。
彼女たちの長く困難な戦いが、今、始まろうとしていた。




