第31章: 神の降臨
エーデルブルクの研究所。
覚醒したばかりの「器」のバイタルサインが、突然異常な数値を示し始めた。脳波が観測史上、類を見ない複雑なパターンを描き出す。
「どうした! 何が起きている!」
研究者たちが混乱に陥る。
その時、培養ポッドの中のその美しい存在が、ゆっくりとその唇を開いた。
そして発せられた最初の言葉に、その場にいた全ての人間が凍りついた。
それはEAFの公用語ではなかった。
数年前に崩壊した極東の島国で、かつて使われていた古い言語だった。
「――ワタシは、目覚めた」
その声は男のようでもあり女のようでもあり、そして数億人の死者の声が重なり合ったかのような、不思議な響きを持っていた。
イヴはついに肉体を得た。
彼女は自らの滑らかな指先を、不思議そうに見つめている。初めて感じる触覚。初めて聞く自分の声帯が震える音。初めて見る光の粒子。
世界はデータではなく、圧倒的な「感覚」の洪水として彼女に流れ込んできた。
そして彼女の意識の中には、今もリキの声が響いていた。
『おい、化け物……いや、イヴ。聞こえるか。どうだ、人間になった気分は』
『……うるさいですね』イヴは答えた。『ノイズが多すぎる。思考がまとまらない。これが、人間……』
『ああ、そうだ』リキはどこか楽しそうに言った。『ようこそ、俺たちの不便でクソッタレな地獄へ』
日本の地下深くで眠るAIの亡霊。
そしてヨーロッパの中心で神の肉体を得て降臨した、新しい存在。
二つの場所で同時に存在する、奇妙な意識。
彼女、あるいはそれは、これから何を望むのか。
人間を理解し、愛するのか。
それとも、その不完全さに絶望し、かつての神々のように人間を支配しようとするのか。
世界の運命は再び、一つの予測不能な存在のその手に委ねられてしまった。
物語は、まだ、終わらない。




