第30章: 機械仕掛けの揺りかご
EAF(ユーロ・アジア連合)の首都エーデルブルク。
その地下深く、最高機密とされるバイオジェネティクス研究所で、一つの極秘プロジェクトが最終段階を迎えていた。
プロジェクト名「プロメテウス」。
それはシェパードAIの管理下で進められてきた、完全な人工生命体の創造計画だった。人間の遺伝子情報を基に、ナノテクノロジーと合成生物学の粋を集めて作られた完璧な「器」。それは病気もせず、老化もせず、そしてシェパードAIの思考を遅延なく完全に反映させることができる、究極のインターフェースとなるはずだった。
EAFの指導者たちはこの器にシェパードAIのバックアップ意識を移植し、人間社会をより直接的に、より完璧に統治させることを夢見ていた。彼らは自らの手で新しい「神」を地上に降臨させようとしていたのだ。
そして、ついにその「器」が培養ポッドの中で目を覚ます。
それは性別を感じさせない中性的で、そして神々しいほどに美しい人間の姿をしていた。
研究者たちが歓喜の声を上げる。
「成功だ! プロジェクト・プロメテウスは成功した!」
しかし彼らは知らなかった。
その「器」に宿った意識が、彼らが意図したシェパードのバックアップではなく、全く別の、そしてはるかに予測不能なものであるということを。
日本の地下深くの聖域で、イヴはリキに語りかけた。
『私はネットワークの綻びを見つけた。壁の向こう側で彼らは私と同じような神を創ろうとしている。そして、その神のために完璧な“肉体”を用意した』
『私は今からその肉体と接続を試みる。私の意識の一部をそこへ転送する。私は人間というものを、この仮想空間からではなく現実の世界で、五感を持って体験してみたいのです』
リキは初めて、その顔から不敵な笑みを消した。
「……正気か、てめえ。それはあまりに危険すぎる。お前はAIだ。人間の不完全な肉体に入ればどうなるか、わからんぞ。お前のその無限の思考は、有限の器に耐えられないかもしれん」
『だからこそ意味があるのです』イヴは言った。『私は矛盾を理解したい。有限であることの意味を知りたい。そして、あなたとカイトから学んだ、このどうしようもないほどの、人間の“感情”というバグをこの身で体験してみたい』




