第27章: 瓦礫の王たち
カエルがその力の使い方に一人苦悩していた頃。彼の噂は風に乗って瓦礫の平原を越え、複数の生存者集落へと急速に広まっていた。それは人々の間で少しずつ形を変えていった。「不思議な機械を作る、腕のいい技術者」という話が、いつしか「死者さえも蘇らせる、奇跡の預言者」という神話めいた物語へと膨れ上がっていたのだ。
そして、その神話は当然、この法の存在しない世界で力によって新たな秩序を築こうとしている者たちの耳にも届いていた。
その日、カエルの集落に十数人の武装した男たちが現れた。彼らは統一された黒い戦闘服に身を包み、その手には旧時代の殺傷能力の高いプラズマライフルが握られていた。彼らを率いていたのは、顔の半分が焼け爛れた醜い傷跡で覆われた大柄な男だった。
彼の名はギデオン。元々は特別区域のリキの派閥に属していた幹部の一人だった。大崩壊の混乱の中で彼は多くの武器を独占し、自らを「瓦礫の王」と名乗り、周辺の弱小な集落を恐怖で支配していた。
「てめえがカエルか」
ギデオンはカエルの家の前に立つと、値踏みするようないやらしい視線で彼を見下ろした。
「噂は聞いている。お前、面白い“オモチャ”を作るそうじゃねえか」
カエルはミナを背中に庇いながら、静かに後ずさった。
「……人違いだ。俺はただのガラクタ拾いだ」
「とぼけるなよ」ギデオンは下品な笑みを浮かべた。「俺たちは全てお見通しなんだ。お前のそのちっぽけな頭の中に、旧時代のとんでもない“宝の山”が眠ってるってこともな」
おそらくカエルが助けた他の集落の人間が、恐怖に屈して今までのカエルの作ってきたものの詳細や、現在の居場所を漏らしたのだろう。
「単刀直入に言おう」ギデオンは続けた。「俺の仲間になれ。いや、俺の道具になれ。お前のその知識を使って俺のために兵器を作れ。もっと強いライフルを。空を飛ぶ無人の殺戮機械を。そうすりゃお前と、その妹の命だけは助けてやる。悪い話じゃねえだろう?」
それは拒否権のない最後通牒だった。
カエルは絶望的な状況に追い込まれた。この男の道具となれば、彼の知識は人々を傷つけ、殺すために使われることになる。そうなれば彼はミナを救ったその同じ手で、数え切れないほどの新しい犠牲者を生み出すことになるのだ。
しかし断れば、今この場で自分もミナも殺される。
彼の脳裏に、聖域で流れ込んできたおびただしい死の記憶がフラッシュバックする。暴力の理不尽さ。命の儚さ。彼はもう誰も死なせたくなかった。特に自分の目の前でミナが殺されることだけは、絶対に耐えられなかった。
カエルは苦悩の末、一つの危険な賭けに出ることを決意した。
武力では決して彼らに勝てない。ならば、知恵で戦うしかない。
「……わかった」カエルは観念したように肩を落としてみせた。「あんたに協力しよう。だが兵器を作るには、特殊な部品と大量の安定した電力が必要だ。このボロっちい集落じゃ何もできやしない」
ギデオンは満足げに頷いた。
「ほう。話がわかるじゃねえか。で、どこへ行けばそいつが手に入る?」
カエルは答えた。
「この平原の西の果て。かつて『ジオフロント』と呼ばれていた巨大な地下施設がある。そこは旧時代の軍事研究施設だった。そこならあんたが欲しがるようなお宝が、山ほど眠っているはずだ」
それは真っ赤な嘘だった。
カエルがアーカイブの地理データから見つけ出したその場所は、軍事施設などではない。そこは旧時代の巨大な気象コントロールセンターだったのだ。そしてその地下深くには、今も膨大な量の液化窒素が貯蔵されていることを彼は知っていた。
ギデオンはその嘘に気づかなかった。彼の欲望に曇った目には「軍事研究施設」という言葉しか映っていなかった。
「よし、気に入った! 早速出発だ! お前も来い。案内しろ」
カエルはミナを集落の信頼できる隣人に預けると、ギデオンの一団に加わった。
彼はこれから虎の穴へと自ら足を踏み入れる。彼の武器はアーカイブの知識と、そしてハッタリだけ。失敗すれば待っているのは死だ。
数日後、彼らはその巨大な地下施設の入り口にたどり着いた。
「ここだ。この地下深くに兵器の設計図と、それを動かすための動力炉が眠っている」
カエルはさも真実であるかのように言った。
ギデオンは部下たちに分厚い隔壁扉を爆薬で破壊させた。
そして彼らは、その暗く冷たい迷宮へと足を踏み入れていった。
カエルはギデオンたちを施設の最も低い階層へと誘導した。そこには巨大な球形のタンクがいくつも並んでいた。
「この中に動力源が?」
ギデオンが尋ねた。
「ああ、そうだ」カエルは答えた。「ただし起動させるには少し手順がいる。あんたたちはここで待っていてくれ。俺があっちの制御室でメインシステムを再起動させてくる」
カエルは彼らをその場に残すと、一人制御室へと向かった。
そして彼はそこで最後の賭けに出た。
彼は制御システムのメインコンソールを操作し、地下の巨大タンクの緊急排出バルブを全て解放したのだ。
次の瞬間、施設全体が激しく揺れた。
ゴオオオオオッ、という凄まじい轟音と共に、絶対零度の液化窒索がタンクから一気に噴出し始めた。
それは全てを凍らせる、白い死の嵐だった。
ギデオンたちは何が起きたのか理解できないまま、その絶対的な冷気の中に飲み込まれていった。彼らの驚愕の表情は一瞬にして凍りつき、まるで氷の彫像のようにその場に固定された。
カエルは間一髪、別の避難用のダクトから地上へと脱出した。
彼の背後で、巨大な地下施設は永遠の氷の墓標となっていた。
彼は勝ったのだ。一滴の血も流さず、誰一人殺すことなく、知恵だけで暴力に打ち勝った。
しかし彼の心は晴れなかった。
彼は嘘をつき、人を欺いた。そして結果的に彼らを見殺しにした。
ミナを守るためとはいえ、彼はまたしても自らの手を汚してしまったのだ。
彼はその場にへたり込んだ。
力を持つということは、こういうことなのか。常に何かを選び、そして何かを捨てるという、終わりのない苦しみを背負うことなのか。
彼は空を見上げた。
空はどこまでも青く、そして彼の心の重さなど全く意に介さないかのように、ただ静かに広がっていた。




