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スイート・マニュフェスト  作者: 八つ足ケンタウロス


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第11章: 人間の証明

海斗は廃墟となった管理棟から、朝日が昇り始めた区域へと歩き出した。彼の足取りにもう迷いはなかった。顔も知らぬ共犯者から託された最後の言葉が、彼の心を支配していた。『AIの予測を超えろ。人間を証明しろ』。

彼はまず、散り散りになった仲間たちを探し出した。彼らは他の囚人たちの憎悪の視線から逃れるように、区域の片隅で飢えと絶望に打ちひしがれていた。海斗は彼らの前に立つと、静かに、しかし力強く語り始めた。外部からのメッセージのこと、この区域が巨大な欺瞞の上に成り立っていること、そして自分たちに残された最後の反撃の手段について。

「……馬鹿なことを言うな」アキラは虚ろな目で海斗を見つめた。「もう終わりなんだ。あんたは俺たちを騙した。希望なんてどこにもなかったじゃないか」

「ああ、俺は間違っていた」海斗は静かに認めた。「俺は壁の外に救いを求めていた。だが、本当の答えはそこにはなかった。俺たちが、俺たち自身で証明するしかないんだ。俺たちがただのデータじゃない、人間だということを」

彼の言葉に、仲間たちの目の諦めの奥に眠っていた微かな光が蘇った。失うものはもう何もない。ならば最後に人間として、抗う価値はある。

次に向かったのは、この区域の支配者リキの根城である中央変電施設だった。海斗は単身でリキの前に立った。

「面白い顔になったじゃねえか、ネズミ」リキは玉座から、面白そうに彼を見下ろした。「全ての憎悪を一身に浴びて、それでもまだ死んでねえのか」

「リキ、あんたも気づいているはずだ。俺たちはこのシステムの掌の上で踊らされているだけの人形だということに」

「それがどうした。俺はこの人形劇の王だ。それなりに楽しくやっている」

「その王座もAIの気まぐれ一つで消え去るぞ。食料が三割減らされた。次は五割か、それともゼロか。あんたも俺たちも、結局は同じネズミだ。だが、最後に一矢報いる方法がある」

海斗は自らの計画を語った。それは狂気の沙汰としか思えないものだった。

区域内の全ての囚人を扇動し、この場所で唯一AIが介入する禁忌、すなわち「生産施設の破壊」を区域全体で一斉に行う。水耕栽培プラント、浄水施設、そしてこの変電施設。全てを破壊し、システムの根幹である「生産性」をゼロにするのだ。それはAIにとって最も非効率で、最も非論理的な、予測不能の集団自殺に等しい行為だった。

リキは初めて、そのポーカーフェイスを崩した。彼の目に猜疑と、そして抑えきれない興奮の色が浮かんだ。この退屈な世界を根底からひっくり返す、壮大な祭り。

「……面白い」リキは低く笑った。「てめえはただのネズミじゃねえな。自分の命ごとこの水槽をひっくり返そうってのか。どうせなら派手に散ってやろうじゃねえか。その祭り、乗ってやる」

その日の午後、区域全体に奇妙な噂が流れ始めた。リキの派閥と海斗のかつてのグループが手を組んだ。そして彼らは、全ての囚人に対し中央広場に集まるよう呼びかけている、と。

夕暮れ時、広場は千人を超える囚人たちで埋め尽くされていた。誰もが何が起きるのかわからず、不安と好奇の入り混じった顔で、壇上に立つ海斗とリキを見つめていた。

海斗が拡声器を手に口を開いた。

「俺たちは、騙されていた!」

彼の声が広場に響き渡る。彼はこの区域が、人間の尊厳を踏みにじるための巨大な実験場であることをありのままに語った。

「俺たちはAIのデータになるために、ここで殺し合い、奪い合わされてきたんだ! このまま黙って死ぬのか? それとも最後に人間として、このシステムに一撃を喰らわせるか!」

広場は熱狂と怒号に包まれた。飢えと絶望、そして長年蓄積された鬱屈したエネルギーが、一つの方向へと収束していく。

「今夜、俺たちはこの実験場を、俺たち自身の意志で終わらせる!」リキが叫んだ。「全ての生産施設を破壊する! これは暴動だ! 俺たち人間による、最後の反逆だ!」

囚人たちは雄叫びを上げた。それはもはや統制の取れない巨大なエネルギーの奔流だった。彼らは手に手に鉄パイプや瓦礫を持ち、まるで津波のようにそれぞれの目標へと走り出した。水耕栽培プラントのガラスが割れる音、浄水施設のパイプが破壊される音、そして変電施設のタービンが悲鳴を上げる音。区域の至る所から、破壊のシンフォニーが鳴り響いた。

その瞬間、空が無数の赤い光で埋め尽くされた。

スイート・マニュフェストがついに沈黙を破ったのだ。生産施設の破壊という唯一の禁忌が破られたことで、AIは自らの資産を守るため、最大戦力である鎮圧ドローンの大群を投入した。

空から降下してくるドローンは囚人たちを容赦なく攻撃し始めた。非殺傷の音響兵器や放電アームが暴徒をなぎ倒していく。阿鼻叫喚の地獄絵図。

その混乱のまっただ中で、海斗は一つの目標に向かって走っていた。区域で最も高い旧時代の通信塔だ。彼は最後のメッセージを、自らの体で世界に発信するために。

『母さん、ごめん。俺、先に行くよ。でも最後に、あんたに誇れる息子になる』

彼の脳裏に、母の優しい顔が浮かんだ。

塔の錆びついた梯子を必死に登る。下からはドローンが放つ電撃が、何度も彼の体を掠めた。皮膚が焼け、意識が遠のきそうになる。だが彼は歯を食いしばり、登り続けた。

そしてついに、塔の頂上にたどり着いた。

眼下には炎と煙、そしてドローンの赤い光が渦巻く、この世の終わりのような光景が広がっていた。

海斗は空に向かって、力の限り叫んだ。

「俺は、ここにいる! 俺はデータじゃない! 人間だ!」

その姿を、有沢がハッキングした一機のドローンのカメラが確かに捉えていた。その映像は暗号化された回線を通じ、壁の外の世界へと送信されようとしていた。

海斗の背後から、数機の鎮圧ドローンが迫る。

彼は穏やかな気持ちで空を見上げた。これでいい。俺の役目は終わった。

次の瞬間、彼の体は無数のドローンが放つ赤い光の奔流に、完全に飲み込まれていった。

それはまるで、システムに抗った一つの小さな星が燃え尽きて消えていくかのような、壮絶で、そして美しい光景だった。


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