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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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希望の朝はすっぴんで

作者: 悠木りん
掲載日:2025/10/11

 世界から希望が消えたらしい。



 なんかここ最近やる気もなーんも起きないな、と思って学校もサボって家でゴロゴロしてたんだけど、お腹空いてきたし冷蔵庫になんかないかな、とリビングに入ってなんとなく付けたテレビの画面で、なんかふにゃっとした顔のニュースキャスターがもにゃもにゃと「なんちゃら調べによると、世界から希望が消えたとされており、解決の目途は立っておりません」とか言っていた。



 へー、希望とか消えんだ、ヤバ。とか思いつつ冷蔵庫をガサガサしながら聞くともなしに続きを聞く。どうやら希望がないせいで人々の社会活動が著しく低下し、仕事とか学校とか、みんなサボりまくりらしい。このままではGDPとか幸福指数とか、なんかとにかく色々ガン下がりで世界各国の機能も停止、ゆくゆくは世界滅亡、みたいな話だった。ヤバすぎ。でも日本は他の国に比べて若干マシらしい。それはそれでヤバすぎ。



 でもまぁ確かにわたしも最近マジで本当に何もやる気が起きないので、なるほど希望がないからかー、とは妙に納得する。世界滅亡ってなんかもっとゾンビパニックとか、巨大隕石とか、でっかい災厄がくるもんだと思ってたけど、実際は希望なんて目に見えないふわっとしたもんがなくなっただけで滅亡するんだ、って拍子抜けな気もする。そんな不確かな世界なら別に滅んでもいいか。てか冷蔵庫の中身なんもなくない? このハム賞味期限切れてんですけど?



 あーもーマジでなんもやりたくないけどお腹は空くんだよなー、と嫌々渋々仕方なしに、わたしはサンダルをつっかけ近くのコンビニに行く。そういやあのコンビニ、いっつも死んだ目で働いてる前髪クソ長いお兄さんいるけど、もしかしてあの人も希望を失ってサボっているのだろうか? 逆にいつものあの目の奥には希望があったの?



 なんて失礼なことを考えつつコンビニに到着すると、なんと、死んだ目のお兄さんがいつも通り、潰れた風船から最後の空気が抜ける時みたいな声量で「っしゃせー……」って言ってくる。いるじゃん。ヤバい、なんか感動。希望がなくてもいつも通り、ということは、つまりいつも希望を持ってなかったわけで、でもそれって希望なんかなくても人間は働けるということで……ん? じゃあ希望を失っただけで仕事とか学校とかサボってるわたしたちみたいな人間はなんなの? 甘えってことか? ごめんなさい……。



 ちょっと反省しつつ、わたしは適当にポテチとかチョコとかシュークリームとかお菓子をかごに放り込んでレジに持っていく。まぁでも人それぞれだし、やる気がない時に無理して頑張っても疲れるだけというか、どんな人にだってお菓子食ってダラダラしかしたくない時ってあるよね? と脳内で自分を正当化して無事にお会計を終える。



 コンビニを出ると、すげー気の抜けた部屋着(首許ダルダルで裾になんか醤油こぼしたみたいな染みのあるティーシャツに毛玉ヤバいショーパン)の姿の風子(ふうこ)が立っていた。しかもすっぴんだ。いつもより顔が薄くてぼやっとしている。



「あれ、風子じゃん」

「うわ、びっくりした。何してんの?」

「いや、お菓子買いに」

「え、いいな。私も食べる」

「いいけど。じゃあウチくる?」

「行く」



 十秒で流れが決まり、風子がウチにやってくる。



「てか風子なんでそんな部屋着――にしても汚い服着てんの」

「やー、最近マジでなんもやりたくなくて、オシャレとかホントーにだるいし無意味じゃない? だって服なんて体覆ってればなんでも良くね?」

「思想ヤバ」

「いやいやでも希望がなくなったせいじゃん? ニュースみた?」

「見た見た。確かにそうじゃん。希望のせいだわ」



 希望がなくなったせいでいつもの可愛い風子がこんな人生に絶望した限界OLみたいになっちゃった……じゃあもうこんな世界に希望なんてないよ……ん、いや既にないのか。ヤバい、頭回らない。糖分が足りてない。

 なんもしたくない、歩くのすらダリー、おぶって、やだ、じゃあ肩貸して、なーんておしまいの会話を交わしている間にウチに着く。



「でもさー、世界滅亡するってどんな感じだろーね?」



 わたしの部屋でポテチをボリボリ食いながら、風子はぼやく。



「隕石とかゾンビパニックー、とかならわかりやすいけどさー、希望がないとか言われても『じゃあどうなるの?』って感じだし」

「いやそれ」



 わかりやすい滅亡の喩えが完全に一緒なことに笑いつつ、わたしも同意する。



「……あー、でも、さっきのコンビニ、結構商品少なかったかも」

「マジ?」

「うん。台風の時とか棚ガラガラなこととかあるじゃん。あれに近い」

「あー……それはなんか、想像つくな」



 うっそりとため息を吐いて、風子はチョコの個包装をビリリと破く。それから一口でそれを呑み込むと、ノータイムでシュークリームに手を伸ばす。お前が買ったお菓子か?



「風子食い過ぎじゃね? 太るよ?」

「ヤバーい、絶望」

「いやもうしてるんですけど、世界中が」

「うっそ、ウケる」



 うわははは、とベッドに背中から倒れ込みながら、風子はなんかすげーウケてる。おもろいか?







 そんなこんなでダラダラ時間とお菓子を食いつぶしていたら夜になっていた。



「風子泊まってく?」

「てくー」



 わたしのベッドでゴロゴロしたまま、風子は呻く。過去一だらしのない風子の姿に、希望って大事なんだな、とわたしはしみじみする。

 お風呂も済ませ、わたしたちは二人で一つのベッドに寝転がる。

 部屋の電気を消すと真っ暗で、こんなに暗いなら希望だってなくなるよな、なんて思った。



「……てかさー、なんで学校こなくなったの」



 ふいに、風子がなんでもないことのように聞いてくる。



「え? だから希望がなくなってー、なんのやる気も起きなくってー」

「違うじゃん。その前じゃん。学校こなくなったのは」

「……あれ、そうだっけ?」

「そうだよ」



 隣で布の擦れる音がして、風子の声が大きくなる。仰向けだったのが、こちらを向いたのだろう。



「……別にー、ただなんとなくだけど」

「嘘。だって最後に学校にきてた日、先に帰ったでしょ。なんかあったでしょ」

「…………」



 さっきまですげーだらしなかったのに急に鋭くなった風子に、わたしは黙秘した。図星だったのだ。



「吐け」

「黙秘します」

「言わないなら布団の中でポテチ食う。食べカスボロッボロに落としながら食う」

「最低の脅しじゃん」



 深いため息を吐いて、わたしは仕方なく口を開く。



「……あの日、風子、告白されてたでしょ。なんか普段から結構仲いい感じの人にさ」

「うん」

「……だから」

「うん」

「…………」

「え? 続きは?」

「いや、それだけだけど」

「はぁ~~~?」



 風子は至近距離でバカでかい呆れ声を出した。耳痛った!



「なんでそれで学校こなくなんのよ!」

「いやだって、風子が付き合ったらわたし邪魔じゃん……」

「邪魔なわけないだろバカ!」

「いって!」



 ドスっ、と脇腹を結構強めの力で殴られ、わたし涙目。



「てか別に付き合ってもないし! 断ったわ!」

「え? そうなの?」

「そうだよ! ホントにお前は……重ね重ねバカ!」

「勝手に重ねるな……!」



 また脇腹に飛んできた拳を、今度は掌で受け止めることに成功する。あっぶな。

 わたしの掌の中、硬く握られた拳がふっと和らいで、指先に温かな五指の感触が絡む。



「そっちこそ、勝手に私の行動とか、気持ちとか想像して、いなくなるなよ」

「……ごめん」

「いいよ、もう」



 吐息と共に小さく吐き出すと、風子はわたしと手を繋いだまま、ごろん、と仰向けになった。



「明日は? 学校くる?」

「……じゃあ、行くかぁ」

「よし」

「いやでも、希望がないのにきてる人いるの?」

「まぁまぁいるけどね。半分くらいは」

「うわ、そこそこいるんだ、普段から希望ない人」

「失礼な解釈やめなー? 希望がなくても頑張れる人と言いなさい」

「わたしには無理だー」

「わかる無理そう」

「は? 失礼じゃない?」

「事実だもーん」



 それからしばらく中身のない会話をしていたけれど、やがて眠気が溜まってきて、寝た。




   *




 朝目が覚めると、隣に風子の寝顔があった。すっぴんだし、目半開きだし、なんか髪の毛食ってるし、ブサイクだなー、と思いつつ、それなのになんでこんな愛おしいんだろうな、とも思う。

 不思議と体のだるさがなくなってて、風子のためにも朝ごはん作るか、と起き上がる。


 カーテンを開けると、真っ白な朝の光。細めた目の奥に流れ込むそれに、脳がぎゅ、と引き締まるみたいな感覚。

 あ、昨日までのわたしと違うんだ、って。そう確信する。



「……んぁ? もう朝?」



 目を擦りながらベッドで身を起こす風子を振り返り、わたしは笑う。



「そうだよ。希望の朝」

「は~? 何言ってんのバカ……って」



 ぽやぽやした口調でしっかりわたしを罵ってから、風子は何かに気づいたみたいに慌てて頭から布団を被った。



「なに、風子。二度寝? 学校サボるの?」

「ちがっ……寝起きだし! すっぴんだし! 絶っっっ対に! 私の顔見んな!」



 丸まった布団の中からくぐもった声で風子は叫ぶ。

 でもな~、とわたしは思う。


「風子、昨日からずっとすっぴんだったけど?」

「あぁぁぁぁぁぁぁ!?」



 そうだったぁぁぁぁぁ、と布団の中から聞こえる断末魔みたいな悲鳴に、わたしは声を上げて笑った。



「ガチ絶望……」

「大丈夫だよ、風子はいつも可愛いよ」

「うるせ~~~~~~~」



 それからしばらく不機嫌なままの風子に、わたしは朝ごはん(期限切れのハムを黙って使ったトースト)を作ってあげた。


 テレビのニュースは電車の遅延を告げていて、でもすぐに復旧する見通しだと言っていた。

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