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後ろの守護精霊様

作者: 江入 杏

「カトレア・ドネージュ! 貴様との婚約を破棄する!」

 学園の卒業パーティーの最中、婚約を叫ぶ声が上がった。楽しげだった空気は一変、誰もが息を呑み騒動を起こした彼らから距離を置く。

 ぽっかりと穴が空いたようなその場所に対峙する一人と二人。片方はその腕に少女を抱きながら、向かいに立つ少女を睨みつける。

「カトレア、貴様は私の寵愛を得られない腹いせにこの三年間、モニカを虐めていたな。その許されざる所業、最早看過することは出来ない!」

「わたくしはそんな事していませんわ。王太子妃教育に生徒会、他にも慈善活動や社交をしていましたもの。そんなことに割く時間が無い事くらい殿下はご存知の筈」

「ではモニカが嘘をついたと言うのか!? どんなに上手く言い繕うとも、証拠もある。全てモニカが保管し、私に見せてくれた!」

「証拠、ねえ……精々物的証拠くらいかしら。その証拠とやらに、魔力痕跡やわたくしの指紋や体液、毛髪等がついているような明確な証拠はあるのかしら? その詳細な日時は? 目撃者はおりますの?」

「減らず口を……! 貴様は本当に、昔から可愛げがない! 男を立てることもせず、そうやって賢しい口を叩いてばかりだ! 大体、私がその態度にどれだけ――」

 婚約破棄を叫んだことで勢いづいたのか、悪態は止まらない。ここぞとばかりに日頃の鬱憤を晴らさんと弾丸の如く捲し立てていたが、突然その言葉は止まる。

 その視線はカトレアの背後に釘付けとなり、その顔はみるみる青褪めていく。隣に立つモニカもそうだ。

 明らかに様子が変わった二人に、一体どうしたのかと他の者達もカトレアの背後を見る。そして何故二人が青褪めたのか、その理由を知った。

 

「ブルスコーッ、ブルスコーッ、ブフンッ!」

 

 居る。カトレアの背後に何か居る。鼻息荒くカトレアの背後に佇み、苛立たしげに蹄をガツガツしている。

 ただの馬ではない、ユニコーンである。その馬体はとても大きく、筋骨隆々。更に立派な角も額にデデンと生えている。そんなとんでもなくデカい馬(精霊)が、カトレアの背後でこれでもかと威圧感を放っていた。それ以上うちのお嬢を侮辱するならこの自慢の角で一突きにしたるぞゴルァ、と言わんばかりの形相である。

 周囲の視線に気づいたのか、カトレアが後ろを見る。そしていつの間にやら現れていた己の精霊に目を瞠った。

「まあ、駄目よばにらちゃん! そうやって周りを威嚇したら吃驚させてしまうでしょう?」

「フゴーッ、フゴフゴッ、フゴッ!」

「わたくしの心配をしてくれたの? ふふ、ばにらちゃんは本当に心配性なんだから」

 和やかに会話をしている精霊とカトレアを、周囲は突っ込みたい気持ちをどうにか抑えながら見守っていた。

 というかユニコーンにばにらちゃんって、似合わねぇぇぇ! とは誰も言えなかった。誰しも命は惜しいので。

「とにかくわたくしは大丈夫! だからまた後でね!」

 どうやら話は纏ったようで、納得のいかない顔をしながらもユニコーンはすうっと消えて居なくなった。とは言っても姿が見えなくなっただけで、カトレアの背後に居るわけだが。

「申し訳ありません、殿下。話を遮ってしまいました。さあ、続きをどうぞ」

「あ、ああ。いや、でもよくよく考えてみたら別にそこまで伝えたいこともなかったかなあって……」

 口の端を引き攣らせながら、先程までの威勢は何処へやら。すっかり意気消沈した殿下がちらちらとカトレアの背後を見ながらもにょもにょと言っている。

 そんな煮え切らない姿を頼りにならないと思ったのか、気を取り直してモニカが一歩前に歩み出る。

 そう、ユニコーンは純潔の乙女を好む。モニカは純潔なので自分は安全だと判断したのだ。

「カトレア様、どうか悪事を認めて下さい! 今までのことは謝って下されば許します、だから――」

 そしてまた、モニカも途中で黙り込んだ。ヒュッと喉が鳴り、カトレアの背後を見たまま固まっている。

 またユニコーンかと背後を見れば、今度はゴリラがカトレアの背後でドコドコとドラミングをキメていた。

 その力強いドラミングに、モニカはすっかり意気消沈してしまった。助けを求めるように隣に立つヴィルハイムを見るが、彼は静かに首を振るだけだった。その圧倒的なゴリラパワーに屈してしまったのである。

 わぁ、ゴリラの精霊って居るんだぁ……なんて言う新たな学びを観衆は得た。

 しぃん、とまるでお通夜のような空気に気づいたカトレアは再び背後を見る。そこに佇むゴリラに思わず声を上げた。

「しょこらちゃんまで! もうっ、わたくしは大丈夫だって言ってるでしょう!」

 ゴリラの名前はしょこらちゃんかよ!! と思ったものの誰も口にしなかった。誰だって命は惜しい。

「もうっ、しょこらちゃんも心配性なんだから! わたくしはもう立派なレディよ?」

「ウホッ、ウッホ、ウホホ!」

「え、お姉さんに任せなさいって? 大丈夫だってば!」

 なんと、あのゴリラは雌だった。ユニコーンは角があるため雄であることが確定していたが、こちらは雌という衝撃的な事実が発覚した。

 ユニコーンならまだしも雌ゴリラ。同性を敵に回しやすいモニカには為す術も無い。ヴィルハイムならどうにか出来たかもしれないが、しょこらちゃんは既にヴィルハイムを敵認定している。

 一致団結した女の恐ろしさといったら。最早何を言ってもユニコーンのやんのかステップと圧倒的ゴリラパワーの前には全てが無駄なのである。

 モニカとヴィルハイムが目配せする。どうにかして、と言いたげなモニカの視線にヴィルハイムは顔を青くしながらぶんぶんと首を振る。なんとも情けない姿だった。

「これは一体何の騒ぎだ!」

 騒ぎどころかお通夜並みの静けさだったが、先程卒業する学生達に祝いの言葉を贈った国王が御付きを連れて会場にやって来る。

 パーティーは生徒会の生徒達が主体となって手配し、当日起こったトラブルの対応のために教師達が会場に居るものの、保護者達はその場に居ない。

 学生最後の思い出として、大人は基本的に参加しないのだ。そして巣立った生徒達は大人の仲間入りをして、様々な社交を経て社会に馴染んでいく。

 毎年恙無く卒業パーティーが終わるため、今年のこの騒ぎは前代未聞である。貴賓室で学園長と歓談中だった国王は息子の失態に頭を抱えた。

 王家の者がこれ以上の失態を晒すわけにはいかないと、急ぎ会場に戻ってきたのだ。

「父上……! 違うのです、これは」

「言い訳は聞かんっ、めでたき空気を台無しにしおって! 話は城で聞く、下がれ!」

「しかし、私達はこの後卒業パーティーを楽しもうと……!」

「この様な騒ぎを起こした者達が居たら他の者達が楽しめぬわ! いいから下がれ愚か者!」

 初めて見る父の剣幕にヴィルハイムは怯む。自分よりも弱いと判断した相手には強く出るくせに、強い立場の相手には途端に弱くなる。

 王位を欲する彼にとって致命的な欠点だった。それを補うために優秀な側近と婚約者を選んだが、まさか当の本人が全てをぶち壊すとは。

 優秀な側近達を遠ざけて耳触りの良い言葉しか言わない者を傍に起き、更には優秀な婚約者に対してこんな公の場で婚約破棄を叫ぶ始末。

 これには息子のためを思い、親バカと言われようと優秀な人材を揃えた国王も怒り心頭である。

「もうお前にはほとほと愛想が尽きた、戻ったら覚悟しておけ!」

「あら、カトレアが嫌がったのに無理やり婚約を結んだ時はどうしてやろうかと思ったけど、やっとまともな対応をしたじゃない」

 ピリついた空気に似つかわしくない、まるで茶化すような物言いに誰もがぎょっとする。こんな空気の読まないようなことを言うのは一体何処の誰だと視線を巡らせれば、カトレアの背後に見慣れない存在が浮いていた。

 彼女の背後に居るということは、精霊なのだろう。この世のものざる美しさを持っているが、なんというかケバい。声も低く、男の精霊だと思われるが口調に違和感がある。

 周囲の視線に戸惑いが混じるが、それに構わずカトレアの背後に浮く精霊は続ける。

「本当、今更よねぇ。あんなバカ王子にカトレアは勿体ないっての。アタシ達の可愛いカトレアを早く解放してくれないかしら」

「ディシャール様、今は抑えてください」

「やだぁ、カトレアったら。いつもみたいにシャル姉さまって呼んでよぉ!」

 その名に周囲がどよめく。ディシャールとは、この国の精霊王の呼名だ。全ての精霊を纏める王であり、その姿を見た者は誰も居ない。建国して以降、人の守護精霊となった記録が無いのである。

 英雄であり、この国を興し初代王となったキリアス・クロム・ハープネスですら守護精霊は精霊王ではなかった。だと言うのに、まさかカトレアの守護精霊が精霊王であるとは。そもそも、一人に三体もの守護精霊が付いてること事態が異例と言ってもいい。

 守護精霊は子どもが十才の誕生日を迎えた時、神殿にて契約の儀を行うことでその縁が結ばれる。どんな精霊が守護することになるかは完全に精霊任せで、人が精霊を選ぶことは無い。あくまで精霊が人を選ぶのだ。

 歴史上では二体守護精霊が付いたことのある者も居たようだが、三体は聞いたことがない。史上初と言ってもいい。その上、そのうち一体が精霊王。この事実が明らかになった時点で、カトレアの存在価値は国でも一、二を争うほど高まったと言ってもいい。

 精霊王に守護されるという事は、つまりカトレアは精霊の愛し子という事だ。

 そしてそんな彼女を蔑ろにし、ヴィルハイムは精霊王の怒りを買っている。精霊王の物言いからして、恐らく国王も。

 この国を根本から揺るがしかねない存在を敵に回しかけている。その事実に誰もが顔を青褪めさせ、同時に愚かな行いをした王子に対して怒りの感情が湧いた。

 と、思いきや。


 精霊王、オネエなんだぁ……。


 そっちに全てを持っていかれたため、その場に居る全員がそんなことを考えていた。

 うっかり思考が明後日の方向にいっていたが、はっとした顔で周囲の者達がカトレアと背後に立ち並ぶ精霊達を見る。いつの間にやら二体の精霊も姿を現し、何やら和気藹々と会話しているようだ。

「そういえば今夜の霊コンどうする? アタシ、今日のメイクノリがイマイチで参加しようか悩んでるのよねぇ」

「ウホ、ウホホ? ウホッ」

「アンタは良いわよ、雌だし美ゴリだし。イケゴリも選り取り見取りじゃない。アタシとばにらは大変よぉ、男って皆綺麗な女精霊か雌精霊を選ぶじゃない? そもそも精霊って性別なんてあってないようなものなのに、イヤんなっちゃう!」

「ヒヒンッ、ブルル!」

「え? アンタは場合によってはデスナイトになる? ねえそれ笑ってもいいやつ?」

 所謂女子トークというものだろうか。あけすけな内容に女性陣は親近感を覚えているが、男性陣はいたたまれなさそうな顔をしている。

「もうこんな退屈な所抜け出して、家で作戦会議しない? 後の面倒なことは父親に任せちゃいましょ、嫌がるカトレアを無視して婚約を結んだんだから当然よ」

「そうですね、ではお母様も呼んで最新の美容テクも教えてもらいつつ作戦を決めましょう」

「何それ最高過ぎない!? じゃあさっさと帰りましょ、こんな辛気臭い場所とはオサラバよ!」

 キャッキャと盛り上がりながら彼女達はパーティー会場を後にする。残された者達はそんな背中をどうすることも出来ず見送った。やはり誰しも命は惜しいので。

 その場で残された者の中でただ一人、国王だけが逃した魚の大きさに頭を抱えていた。


 それから、どうなったかと言うと。

 国王は渋ったもののあれだけの騒ぎを起こしておいて婚約を継続するわけにもいかず、二人の婚約は破棄される運びとなった。本当は解消にしたかったが、王子も国王も精霊王からの心象が良くない。これ以上自己保身に走って国を傾ける事態にはしたくないため、破棄を選んだのだった。

 そして、晴れて王子から解放されたカトレアは。

「……いい加減、連日のこの山のような釣書にお断りの返事を書くのも面倒になってきましたわね」

 書いても書いても終わらない釣書の山に辟易し、ついぼやいてしまった。

 元々、公爵令嬢であったカトレアだ。婚約が破棄になっても相手選びには困らなかったのだが、この国唯一の精霊の愛し子ということが分かってから縁を結びたがる者は更に増えている。

 お断りの返事を書き続けたせいで痛みを感じてきた手首を揉んでいると、手伝ってくれていた母が手を止めて顔を上げる。

「あら、じゃあお母様と一緒に隣国へ行かない? もうすぐ爵位はジェスティが引き継ぐし、きっとあの人は領地内の保養地に引っ込むわ。お母様の実家はあっちだから、暫く二人で羽根を伸ばしに行きましょう」

「お父様を一人にしても良いのですか?」

「構わないわよ、親の片方は近くに居たほうが何かあった時に安心だと思うし。それにね、お母様も婚約の件に関しては怒っているの。貴女が嫌がったのに無理やり婚約を結んじゃったんだもの、こうなったのもあの人にとっては良い薬よ」

「本当にそうよね、流石エダってば分かってるぅ!」

「ふふ、シャル姉様にそう言って頂けるなら何よりですわ」

 そう言ってころころと朗らかに笑う母だが、この対応を見るに相当怒っていそうだ。このままこちらには戻ってこない可能性も垣間見える。

 これは、父が母を呼び戻すのは苦労しそうだ。まあ、隣国の居心地が良かったらカトレアもそうなるかもしれないけれど。

 最新のファッションについて楽しく話している母とカトレアの守護精霊達を眺めながら、そんなことを考えるのだった。

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ばにらちゃんとしょこらちゃんは幼き日のカトレアちゃん命名だったりするのだろうか。 シャル姉さまのインパクトも強いけど、若干フ○ービーじみた威嚇の鼻息してるばにらちゃんも、妹分のピンチに現れた美ゴリなし…
……え~っと……ユニコーンにゴリラも精霊になれるんだ。 精霊なのにオネェ……もしかして8チャンネルのお昼にやってる「ヒル〇ンデス」に出ている方みたいなの?個性的ですね(・・;)
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