第5話『釣れる方法、教えてやる』 ◆ 前編:『まず、潮を見るところから』
「――網の張り方、逆だわ」
クラリッサは言った。
港の近く、干された漁網を点検していた村の若者たちは一瞬ぽかんとし、
その後、あからさまに困惑したように眉をひそめた。
「逆って……いや、これが昔からのやり方で……」
「その“昔”と今じゃ、魚の通り道が違うのよ。
この湾、今は北から冷潮が入ってきてる。魚はそれを避けて“内回り”してる。
だから、網は南の岩陰をかすめるように張るべきなの」
クラリッサの指示に、若者たちは一度は戸惑いながらも、試してみることにした。
さらに彼女は、餌の改良にも手を出した。
「この“チギレ草”は食いつきがいいけど、すぐ水で溶ける。
“月樹の根粉”を練り込むと、粘度が増して耐久性アップよ」
「え、それ釣り餌に使うのか?」
「前世では、これと似たのを“アミノ酸強化団子”って呼んでたわ」
「……なにその魔法みたいなエサ名」
「魔法みたいな釣果になるわよ」
さらには、船の出す“タイミング”にも指導が入る。
「朝マズメ(※朝の魚の活性が高まる時間帯)に出てないでしょ?
せっかく夜に魚が入ってるのに、のんびりしすぎ」
「でも暗いうちは危ないし……」
「だから! 航海灯を“赤光魔石”に換えるの。あれなら魚も驚かないし、視界も確保できる。
ついでに“魔物避けの煙玉”も用意してあるわよ?」
「……煙玉?」
「釣り人の常識。磯場の魔物は臭いに弱いのよ」
そんな“おっさん知識”が次々に披露される中――
子どもたちはというと、もはや彼女の完全な信者と化していた。
「クラ姉すごーい!」
「クラ姉、これも教えて!」
「次は一緒に釣っていい!?」
「いいけど、道具は自分で洗ってからよ? あと、返却は厳守」
もはや“悪役令嬢”のイメージなど微塵もない。
その姿はただの、近所の釣り好き姉ちゃんである。
夕方、試しに出た漁で、小ぶりながらも十数匹の銀魚が揚がった。
村人たちは静かにどよめく。
「……まさか、本当に釣れるようになるなんてな」
「今朝、クラ姉の言った通りにしただけなのに……」
港の空気に、ほんのりと温度が宿る。
(次回:後編『信頼は、釣果と共に』へ続く)