第4話『干潮と不漁』 ◆ 後編:『流れを変える者』
朝、まだ霧がうっすらと残る港にて。
クラリッサは、釣竿ではなく魔道具と測量図を手に、防波堤に立っていた。
「“水流魔石”、ここに配置。
湾の出口を中心に三角形に組んで、人工的な“外向き潮流”を作る。
少しでもヘドロを攪拌して、水を循環させるのが狙い」
「……嬢ちゃん、それ本当に効くのか?」
村長が不安そうに尋ねる。
「効くかどうか、じゃないの。“効かせるの”よ」
そう言って、クラリッサは魔石のスイッチを入れた。
ゴゥン……ゴゥン……!
淡い青光を放つ三基の魔石が、同時に起動する。
水面にさざ波が立ち、波止場の杭がわずかに揺れた。
しばらくして、村の若者が叫ぶ。
「――見ろ! 湾の水が……動いてる!」
たしかに、これまで淀んでいた水が、
わずかだが外へ向かって流れはじめていた。
「このまま数日まわせば、底のよどみも減ってくるはず。
酸素が回れば、小魚も戻ってくる。小魚が来れば――」
「大物も戻る、ってわけか」
その日の夕刻。
クラリッサは、村の子どもたちと共に、港の脇に小さな“潮見板”を立てていた。
「これ、何?」
「潮の流れを記録する板。毎日同じ時間に見ることで、“変化”が見えるようになるの」
「クラ姉って、魚だけじゃなくて……海の先生なの?」
「ちがうわ。“海を読みたいだけの釣りバカ”よ」
そう言って笑った彼女の顔に、ようやく村の空気が少しだけ、微笑みを返していた。
「……なあ村長」
「ん?」
「……あの嬢ちゃん、本気でこの海、直すつもりだぞ」
「……ああ。あれは“釣る顔”だ」
「“釣る顔”って?」
「漁師ならわかる。獲物の気配を読んで、それを引き上げる気満々の奴の目さ」
港の夕陽が、静かに水面に差し込んでいた。
【第4話『干潮と不漁』――完】