第4話『干潮と不漁』 ◆ 前編:『海の底に、何がある?』
「……やっぱり、おかしいわね」
港の波止場で、クラリッサは一人、海をじっと見つめていた。
釣り竿は持っていない。今日は調査の日だった。
先日の釣果以来、村の空気はわずかにやわらいだ。
子どもたちは相変わらず元気で、村人も「クラ姉」と呼ぶ者がちらほら。
けれど、海はまだ静かすぎた。
群れも気配も、どこか歪んでいる。
「クラ姉ー、今日釣りしないの?」
「今日は観察だけ。魚がどこから来て、どこにいなくなってるのかを調べたいのよ」
「どこに、いなくなってるの……?」
「それが問題なのよね」
クラリッサは、湾全体の地図を簡易魔具で描き出す。
・湾口の水温が高い
・内湾の塩分濃度が高すぎる
・魚群探知魔石で深場の反応が“鈍い”
「――これは、“潮のよどみ”と“底の腐敗”のダブルパンチね」
その夜、クラリッサは村の集会所に呼ばれた。
「正直に言ってくれ嬢ちゃん。……この村の海、もうダメなのか?」
村長は疲れた顔で尋ねた。
けれどクラリッサは首を振る。
「いいえ、まだ終わってないわ。
でも、“底”が相当やられてる。たぶん、長年のヘドロがたまってるの」
「ヘドロ?」
「魚の死骸、船の油、生活排水、枯れた海藻……それが沈殿して、
酸素を奪ってるの。そこに潮の動きがなくなれば、完全に“死んだ水”になるわ」
村人たちは顔を見合わせた。
「だから、まずやるべきは――海底の構造の確認。
そして潮の流れを“通す”こと。港の外から強制的に、流れを作るの」
「……そんなことができるのか?」
「できるわ。私の手元に“水流魔石”がある。使い方次第で“人工の潮流”が作れる」
クラリッサの言葉に、どよめく声。
そして、ひとりの中年漁師がつぶやいた。
「……おれらには何もできねぇ。でも……
この娘は、何か見えてるみたいだ」
「だから、私の仮説に賭けてみない?」
「“釣れない”じゃなくて、“釣れるようにする”の。
――この湾を、もう一度“生きた海”に戻すのよ」
(次回:後編『流れを変える者』へ続く)