表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/58

第3話『第一投、最初の魚』 ◆ 後編:『初釣果、初の一膳』

「お、おい……あんな大物を、一本竿で……!」


港に集まった大人たちは、まるで幻でも見たような顔で立ち尽くしていた。

クラリッサの足元では、銀鱗のハヤリウオがまだ尾を打っている。


「水温と潮の流れを見たら、この辺に潜んでると踏んだのよ。

 仕掛けは底をかすめるギリギリで流して……って、まあ細かいことは後で」


と、言うや否や。


彼女は小さな腰袋から、見慣れないナイフとまな板を取り出した。


「ここで、さばくのか?」


「魚は時間との勝負よ。傷まないうちに締めて血抜き、内臓処理まで済ませる」


その手際は、まるで職人だった。


エラにナイフを入れ、神経締め。

背骨に沿ってスッと刃を走らせる。

ウロコも無駄なく落とし、海水で洗い流す。


そしてクラリッサは、周囲に言った。


「――炭、借りられる? それと塩。焼きたいの」


村の青年があわてて七輪を持ってきた。

小石でかまどを即席で作るクラリッサ。


炭火が立ち上がる。

魚の腹にはレモン代わりに“ラスタ草”を詰めて、

表面に粗塩を振る。


「よし、塩焼きいっちょ。仕上がりまで静かにね。焦げ目で風味変わるから」


パチ……パチ……


魚の脂が炭に落ちる音が、港の静けさに響いた。


やがて香ばしい香りがあたりに立ちこめる。


「……うまそう……」

「こんな匂い、いつぶりだ……?」


焼きあがった一尾を、まず子どもに手渡すクラリッサ。


「塩、足りなかったら言って。あと小骨には気をつけて」


子どもはおそるおそる口に運び――目を丸くした。


「……おいしい!!」


その一言に、大人たちがざわめく。


そのあと数尾を同じように焼き、

大人たちにも切り身をふるまった。


無言で食べていた村長が、ふと口を開く。


「……これは、確かにハヤリウオだ。

 それも、脂の乗った良型。……どうしてこれがまだ、この湾に?」


「魚がいなくなったんじゃない。ただ、居づらくなっただけです。

 場所を読めば、まだチャンスはある」


クラリッサの声は静かだった。


村長は、彼女の顔を見つめてから、ふっと鼻を鳴らした。


「……なるほど。釣り竿を持った、ちょっと変な“令嬢”だとは聞いていたが――

 どうやら、“本物”らしいな」


夕暮れ。


釣り道具を片づけるクラリッサの背中に、子どもが声をかける。


「ねえクラ姉、また釣り教えてよ!」


「いいけど、“餌つけ”は自分でやるのよ?」


「うん!」


笑い声が波の音に混じって、やわらかく港を包んでいく。


クラリッサは、心の中でつぶやいた。


(よし、まずは……一匹釣った。

 魚と、ちょっとの信頼。これが最初の一投――)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ