第1話『追放と釣り竿』 ◆ 後編:『辺境へ、希望の旅路』
「……あー、やっぱサスペンションないと腰にくるわね……」
馬車の中、釣り具の詰まった袋を抱えながら、クラリッサはつぶやいた。
地図で確認したところ、目指す村は「ハルツェン漁村」。
王国の南端、海に面した寂れた港町である。
(前世の感覚でいえば、日本の過疎化が進んだ港町……いや、むしろ未開のフィールド?)
貴族にとっては「左遷の果て」。
でも、彼女――いや彼にとっては、憧れの楽園だった。
馬車の天窓から、空を見上げる。
「海……もうすぐ見えるかしら」
釣り人にとって、海は“聖域”だ。
川釣り、池釣りでは味わえない、未知との遭遇。
水深、潮流、魚影、ベイトの状況……すべてが複雑で、だからこそ面白い。
(そう……誰もいない。情報もない。だからこそ――一から、自分で見つけられる)
思わず口元が綻ぶ。
「この世界に生まれ直して一番嬉しいのは……
王子でも、魔法でも、領地でもない。釣りができるってことよね」
途中の村で一泊。
朝一番、再び馬車に揺られて、ようやく南方の空がひらけていく。
「――っ、見えた!」
遠くに、青く光る水平線。
白い波頭。風に揺れる港の旗。
そこに、彼女が長年夢見た“第二の人生の海”があった。
「ハルツェン村は、ここから少し下った入り江にございます」
御者の言葉に頷くと、クラリッサは釣り袋を肩にかけ、
馬車の荷台から立ち上がった。
「ここが私の……いえ、“俺の”新天地。
見せてもらうわよ、この世界の海の底力を――」
風が、スカートを揺らす。
魚の匂いが、潮風に混じって届く。
思わず深呼吸。
「よーし……今日から、毎日が釣り日和ね!」
港の影からこっそり覗いていた村人たちは、
「なんかすごく上機嫌な貴族が来たぞ……?」とざわついていたが、
当の本人は気づきもしなかった。
なぜなら今、彼女の頭の中には――
釣れる魚リストと
釣り場候補マップと
釣り餌自作計画表が
ずらりと並んでいたからである。
【第1話『追放と釣り竿』――完】