8.クラウディアという女性
「旦那様は変わられましたわ」
薬を盛られたのは日暮れ前だったのだが、夕食もすっ飛ばしてここで盛り上がっていたということだろうか。
俺の人生的にはハジメテだったのだが…。
1ミリも覚えていない昨夜の記憶を捻り出すことを諦め、憑依初日にデジャブを感じる状況に心の中でため息を吐きながらベットから降りた俺に、声がかかった。
心当たりがあり過ぎる言葉である。
昨晩は理性が吹っ飛んだのだ。何か言ってしまったのだろう。
まぁ情を交わす相手にいつまでも隠し通せるものでもないから仕方ないか。
「今後、このような真似はやめなさい」
溜めていた分スッキリはしてるんだが、この様なことを続けては体に悪い。
しかし昨晩の俺は上手くできたのだろうか。
ベッドで上体だけ起こしたまま気だるげな奥さんを見る限り大丈夫そうではあるが…
そんなことをぐるぐると考えながら、誤魔化すようにガウンを羽織い扉に向かう。
「旦那様のお心にいらっしゃるのは、想い人でしょうか」
ほんと、昨晩の俺は何を口走ったのだろう。
もしくは、女の人の持つ勘でカマをかけているだけか。
しかしこの聞き方的に、昨日言っていたをレイを愛人にすると言うありえない疑惑は晴れたようだな。
新たな疑惑がでてしまっているが……。
宿主は愛に希薄な人生を歩んできている。
奥さんとも、ほぼ体だけの関係だった。
そんな中で一般家庭で育った俺がある人を想いながら憑依したんだから、流石にピンときたのだろう。
彼女はちゃんと宿主を見ていたんだな。
「身に覚えがないな」
そう言うしかなかった。
あの人と次に会えるのはこの生が終わってから。彼女にそれを伝える必要はない。
「どの家の者ですか?」
しらばっくれた俺の反応に確信を得たのか、布団をざっくりと体に巻きベットから降り歩み寄ってくる。
当主に対する態度とは思えないぐらいにぐいぐいと聞いてくるな。
やはりカマをかけただけか?
「だからそんな者いないと言っている」
「嘘ですわ、愛人に迎えるおつもりで?」
「くどいぞ」
頑固だなぁ…
無愛想で厳格な宿主だが、こと奥さんに関してはある程度のわがままは受け入れていた。
彼女はその中で宿主の中の線引きを見極めていたのだろう。
度胸があると言うか、なんと言うか。
これ以上話すつもりはないと強い意思を込めて黄金色の瞳を見つめると、鋭い瞳の光は次第に弱々しくなっていく。
そしてとうとう俯いてしまった。
「分かっています、こんな私に魅力がないことなんて」
ん?
急に何を言い出すんだ?
街に出せば秒で集られるほど魅力的だと言うのに。
「私にあるのはこの容姿だけなのです」
それだけで一等魅力的だが?
子供を3人産んだとは思えない。
さすがファンタジー世界だな。
「旦那様の想い人はどのような者なのですか?可愛らしいですか?儚げですか?健気ですか?」
彼女の口からは、おおよそ彼女の評価とは真逆なタイプが出てくる。
きっと今まで周りに可愛くないだの気が強いだの散々言われていたのだろう。
あの人はどちらかといえば奥さん寄りの性格だと思うが、それは置いておいて。
顔を上げた彼女の瞳にはじんわりと涙が滲んでいた。
「私には旦那様しかいないのです」
彼女の嫁入りが決まったのは16の時。
純潔が尊ばれるこの世界で、彼女は伯爵家で大事に大事に育てられた。
一緒に夜会に出る時も宿主からいっときも離れないし、婚約前も集まる男を一蹴しているのを見ている。
当然、経験は宿主だけだろう。
ぽふっと俺の胸板に顔を埋める彼女に、どうしたものかと考えを巡らせる。
宿主の記憶の中で気丈な姿しか見せない彼女の弱気な姿を見て、心に来るものがあるのは確かだ。
そして何より、彼女にここまで言わしてしまっているのは俺なのだ。
男としても、宿主に憑依してしまった責任という点においても、彼女とは向き合う必要がある。
これ以上逃げるのは彼女が可哀想だし、宿主にも失礼に当たるだろう。
腹を括れ俺、男だろ。
「言いたいことはそれだけか?」
「ッ…、申し訳ありません」
さらに涙を浮かべながら、慌てた様に体を離す彼女。
その肩を掴み目を合わせる。
予想外だったのだろう俺の動きに、彼女は目を丸くして瞬かせている。
「私も、この世でただ一人、お前だけだ」
「ッしかし」
「お前は十分よくやっている」
「きゃッ!?」
その身を抱え上げると可愛らしい声を発した。
軽いな。宿主にフィジカルがあるとはいえ、ちゃんと食べているのだろうか。
そのままベットに寝かせる様に優しく下す。
その上に跨り覆い被さり、彼女の体に影を落とす。
先程まで弱々しかった瞳が、何かを期待している様に妖艶に輝いているのを見て、心の中でほっと息を吐く。
「美しく豪胆で気位が高いところを見初め娶ったのだ。卑屈になることはない」
そう言いながら額や耳元、首筋に唇を落とす。
彼女の反応がいつもより良いのは、宿主が言葉責めをしたことがないからか。
正直なところ、宿主は夜会で男どもを一蹴している彼女に目を引かれていた。
容姿以前に、一切媚びない強気な女性だったからこそ婚約を申し込んだのだ。
それは、彼女に惚れたと言っても良い。
「それに、存外健気で可愛らしい一面もある様だ」
見ると驚きと恥ずかしさの入り混じった表情で、顔を真っ赤にしていた。
宿主の彼女に対する扱いは、女主人として蔑ろにしていると見られてもおかしくはなかった。
公爵邸の使用人達の教育が行き届いていたことと、夜会で宿主と彼女がずっと離れずにいたこと、その二つが辛うじて醜聞の過激化を抑えていたと言っても良いだろう。
主人公の追想シーンでも両親の仲は決して良くないと語っていたし。
まぁ、ほぼ毎日体は交わしていた様だが。子供の知らない話である。
外に愛人を作っていても何らおかしくない状況だったのに、一途に想っていたのだ。
結婚して15年。その期間は決して短くない。
宿主も歴代の公爵家もそうだが、家庭を顧みず、仕事に追われる日々である夫に対して、「仕事と私どっちが大事なの」なんて疑念を抱かない、気立てのいい娘が嫁入りし女主人として家を回していたからこその公爵家だと実感する。
宿主の記憶の中で、めげずに笑いかけて来る彼女の姿がやけに美しく見えてグッと来るものがある。
そして俺の体も素直じゃないもので、ここまできてやっと反応してくれた。
この気持ちが宿主のものなのか、俺のものなのか。
もはや、どちらでも良い。
いつもとは違うアプローチにあたふたする奥さんを愛おしく思いながら、こんな時ぐらいは素直でいようと、そう思った。
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