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7.ヒロインその1を確保



 カンカンカンと甲高い音が屋敷にこだまする。

 執務室から見える庭園では現在、長男のラウルと共に次男のゼオが剣術の訓練を受けている。



「精が出ますな」


「あぁ」


 数日前から開始された息子二人の訓練風景を、執務の間になんとなくみていると、キールが話しかけてきた。


「ゼオ坊ちゃんの剣筋は中々のものであると、教官も褒めておりましたよ」


「そうか」


 キールの言葉に短く返し、すぐに視線を書類に戻す。

 中々の物、か。

 始めたばかりだし、常人の範疇に収まるのは仕方がないが、少し不安になる。

 あの子はあと1年したら魔物の蔓延る森に放り出されるのだから。


 ゲームの中の世界であっても、ここは現実の世界だ。

 彼が死ねばゲームオーバーだし、魔王に滅ぼさせるバッドエンドが待っている。

 もっと強くなってもらわないと困るのだ。

 未だ洗礼の終わっていないゼオに魔法師を着かせるのは不自然すぎるし、せめて剣術だけでも1年のうちに頭角を表してほしいものだ。



「あの……」


 か細い声に顔をあげる。


 そこにいるのは、見窄らしい布を1枚纏っているだけの少女が一人。

 数年後、暗殺者として主人公の前に立ちはだかり、そして敗北し、ハーレムの一員になる少女である。

 名は確か、クロだったはずだが、それは本来拾うはずだった雇い主に付けられたはずだから、今は名無しか。

 シナリオを知っているゆえに、少し先回りさせてもらったのだ。

 彼女の素質は今後役に立つはずだから。


 今にも倒れそうなほど痩せ細っている彼女は、不安げな瞳で俺の顔を見つめている。


 それを見て、キールに目配せを送ると、一礼したのち、部屋に控えていたメイド達と退出した。


 俺と少女以外誰もいなくなった空間。

 余計萎縮してしまっているが、仕方がない。


「……、まろ助」


「はい!主さま!」


 虚空から羽の生えたまろ助が登場し、少女の目がキラキラと輝く。


 現在、まろ助は長女の遊び相手になっている。

 このまろ助は分身体である。

 神獣の能力で、まろ助も一体だけ分身が出せるらしい。


 緊張もほぐれたようなので本題に入る。


「君には公爵家の諜報部隊に入ってほしい」


「ちょう、ほう?」


「冬が明けるまでに、その部隊の誰にも負けない力を手に入れろ」


「……そんなの」


「因みに諜報部隊に入れば、3食おやつに昼寝付きだ」


「やる」


「そうか」


 原作通りの性格だが即答した少女に思わず頬が緩む。

 相当変な顔をしていたのだろう、俺を見ていた少女が驚いたように目を見開いた。

 それを見て表情を戻す。


「……、名前、つけて」


 そのセリフに少しデジャヴを感じた。

 確か主人公にも言っていたが、クロはクロのままだったな。


「スラムではなんと呼ばれていたのだ?」


「いらない。新しい名前、欲しい。公爵様、付けて」


 欲しいなんて言葉、かなり終盤じゃないと口にしなかったはずだが、俺が拾ったことで何か彼女の本来の人格に影響でもあったのだろうか。


「……、ならばレイ、なんでどうかな」


 漆黒の黒髪からクロという名前が来たのだろうが、俺的に印象的に感じるのは瞳の色の方だった。

 淡い紫にオレンジの光が差している感じが、朝焼けを彷彿とさせる。


 黎明からとってレイ。

 うん、いいんじゃないか?


「瞳の色が綺麗だからな」


 宝石のような瞳をじっと見据えてそう言うと、じんわりと彼女の頬に赤みが差した。


「分かった、今日からレイ」


「そうか」


「レイ強くなる。強くなったらどうする?」


「詳しくは話せないが、次の春に2番目の息子がこの家を出るはずだ。その影に着いてくれ。護衛、と言うのが正しいか。状況次第で仲間になって助けてやってくれ。ただし雇われていることは決して悟られるな」


「その後は?」


「その後か?……、そうだな、その任務が無事に遂行できたなら、自由にして良い」


 その時、この世界がどうなっているのか、全く見当もつかないが。

 俺も生き残っているか怪しいところだ。


 頬杖を着いてぼんやり遠くを見ながらそう口にする。

 だからだろうか、この後彼女、レイが口にする言葉に俺の方の反応が大きく出てしまったのは。


「なら、公爵様、お願いがある」


「なんだ?」


「レイを、公爵様の、お嫁さんにして」


「お嫁さんに、……嫁?私の?」


「そう」


「え、は?なぜ?」


「公爵様、とてもかっこいい。レイの好み、どストライク」


「はあ」


 堂々と胸を張りサムズアップするレイに呆れ、思わず曖昧な返事をする。


 確かに、宿主の顔面偏差値は非常に高い。

 しかしレイが本来惚れるのは息子、ゼオだ。


 血は繋がっているし、顔も似てなくは、ないか?

 いや、あまり似てないように思えるが……。


「レイ頑張る。ご褒美」


「いや、無理だろう」


 歳の差、身分の差、そもそも俺には奥さんが既にいる。

 問題だらけである。


「無理じゃない。絶対お嫁さんにしてもらう。それまで一回も会わない。頑張る、見てて」


「お、おぅ」


 そんな捨て台詞を置いて出ていってしまった。

 俺が拾った影響は大きそうだ…。


 まあ、次男が無事に魔王を倒せた時はそのあと考えればいいか。


 そんなことを考えていると、ふと視線を感じた。

 視線を上げると、レイが開け放ったままの扉の横には奥さんが立っていた。

 そして視線があった一瞬だけ、強い寒気を感じたのだが、瞬きをするうちに治ってしまった。

 その感覚に内心首をかしげる。


「旦那様、お茶をお持ちしました」


「ああ」


 へー、珍しいこともある物だ。

 彼女はプライドが高い。本来メイドの真似事など、しないはずなのだが。


 途中だった書類を終わらせていると、ちょうど準備が整ったらしい。

 机の上に置かれるお茶を啜る。


「どうでしょうか」


「あぁ、悪くない」


 そう短く口にする。

 数日で覚えたであろう技量でも、普通に美味しいのは驚いた。器用なんだな。

 そんなことを考えながら二口目を飲み込んだころ、ふと違和感を感じた。

 ポカポカと体が温かい、いや、熱いな?


 コップから口を離す。


「何を盛った?」


 立場上、毒にはならされている。

 それでも効果が出ているとなると、相当強力な毒と思われる。


「あら、旦那様。毒なんて入れてはいませんよ。至って普通のお茶ですもの」


 そう白々しく言葉を連ねる間にも熱は収まらない。

 確かに毒とは少し違う気がする。

 しかし普通のお茶でこうなるか?


「まあ、少し元気になるお薬は入ってますが」


 その言葉に慌てて立ち上がる。

 が、すぐに足の力が抜けてずり落ちた。


 この女、やりやがったな!


 確かにここ数日、彼女の寝室に足を踏み入れていない。

 今までは毎日のように通っていたのだから、あからさま過ぎた変化だが、しかし体が反応しないのだから仕方がない。距離を取らざるを得なかった。


「あら旦那様。どこに行かれるのですか?」


 俺のいる椅子の方に回り込み、妖艶な表情で頬に手を添えてくる。

 冷たい手のひらに熱を取られながら、彼女の瞳の奥に仄暗さを感じた。


「あの女の元に行かれるのですか?」


「あの女?」


「先ほどこの部屋から出てきた少女です。お嫁にもらうとか口にしていたようですが?」


「娘と変わらない年齢の子供の言葉だ。本気にする訳ないだろう」


「そうですか?でしたらなぜ…」


 それにはのっぴきならない理由がありまして…

 そう言うわけには行かず、聞こえていないふりをする。


「はぁ、早く中和剤を持ってきなさい」


 頬に添えられたままの手を払いながらそう言うと、意外にも抵抗してきた。

 この家の主人に向けるものではないが、この国で最も美しいとされる彼女だ。

 その性格はかなり頑固である。


「でしたら、こうしましょう」


 そんな事を言いつつ、先ほどまで俺が飲んでいた怪しい薬の入ったカップを口にした。


「何をーー」


 とうとう意識のぼんやりしてきた視界の中で、人形の様に綺麗な顔が目の前に迫る。


「ん!?」


 まず感じたのは唇への柔らかさ。

 そしてぐいと顎をもち顔を上に向けられた後、唇に割り込まれる舌と共に液体が流れ込んでくる。

 どうにか飲み込まないよう口の中で留めていると、パチリと視線があった。

 艶やかに目を細める彼女に腕を取られ、そのまま胸に押し付けられる。


 脳裏に抜ける鋭い感覚に、口の中のものを咄嗟に飲み込んでしまった。

 その後しばらく口の中を蹂躙され、満足したかのように糸を引いて離れていく唇。

 お互いの体のは既に戦闘態勢になっていた。




 その後のことは覚えていない。


 気付いたら朝で、ベットの上で力尽きていた。


 気怠い体を起こすと隣には、肌艶の幾らか良くなった今世の奥さんの姿が。

 今回の事件の主犯である。


 まさか強硬手段に出るとは思わなかった俺は、その場で頭を抱えたのだった。



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