4.憑依転生
ふわりと意識が浮上する。
ゆっくりと開いた瞳で、ぼんやりと霞んだ景色を眺めていると徐々に意識が覚醒してくる。
俺のこれまでの事、
そしてこの体のこれまでの事。
2人の記憶は綺麗に分離し、そして2つの人格は反発する事なく当たり前のように融合した。
余りにも自然に起きた現象に、ふと彼女の存在を感じる。
そのお陰で精神的混乱は回避できた。
ありがたいと感じると共に、彼女の別れ際の言葉を思い出し、改めて顔に熱が集まる。
もう30にもなるのに流石にどうかしてる。
これだから童貞は……。
起き上がりながら自分の考えを否定する様に首を振っていると、ふとある事を思い出した。
その記憶に従い、視線を横に落とす。
そこには、グラマラスな黒髪の美女が生まれたままの姿で、同じベットで眠っていた。
そして自分も、生まれたままの姿でその横にいる。
お互い、薄い布を申し訳程度に掛けているだけである。
ベットやその周辺には諸々が散らばっていた。
……初っ端からこれか。
異世界での初めての目覚めが、宿主の事後とか勘弁してほしい。
しかしそれより、目覚めの一番繊細な時間に、美女の裸体を見ても、一切反応しないのはどう言う事だろう。
一応、宿主の記憶も人格も持ち合わせているのに、これはおかし過ぎる。
確かに昨晩は、部屋が荒れるのが気にならない程盛り上がったのだが。
転生の衝撃で不能になったのかと思い、しかし既に子供は3人生まれていて問題はないか、と言う考えに至りながらも、少し不安になり昨晩の感情を正確に思い出してみる。
しかし悲しいかな、やはり反応はないのでやめようとしたその瞬間、血迷ったのか、記憶の中の黒髪の美女があの空間で出会った彼女に置き換わった。
「マジか……」
正常に働いたそれに、思わず顔を手で覆った。
どうやらとうとう俺は、あの存在との情事を想像できるほどイカれてしまったらしい。
私は涜神者です。とてつもない罪悪感に駆られる。
しかしそれでも、地獄に落ちる前に会えたら良いなぁと諦め悪くもそう思った。
大きくため息をついて、ベットから足を下ろす。
俺が動いた事によって更にはだけた布を、黒髪美女の首から下が隠れる様にきっちりと掛け直す。
この黒髪美女が今世での奥さんなんだが、反応しない体にこれからどう誤魔化そうかと思考を巡らせながら、近くの椅子に掛けてあるバスローブを着直し、大きな姿見の前に立つ。
鏡に映るのはハリウッド俳優顔負けの顔面偏差値を誇る、金髪碧眼のナイスガイであった。
記憶にもある通り、この顔面で女性に苦労した事はなく、国一番の美女を妻に迎えた理想的な人生。
そして宮殿の様なタウンハウスを首都に持つ公爵家の当主である。
課長の次は公爵閣下とか、現実味がなさ過ぎて笑えてくるな。
「旦那様……?」
「やぁ起きたか。おはよう」
「おはよう、ございます……?」
口調に宿主の気質を残しつつも目を覚ました奥さんに挨拶をしたのだが、しかしよく思い返してみると、宿主、いつも何も返さなかったな……。
ちょっと奥さんに冷た過ぎるのではないだろうか……。
布で前を隠している奥さんを見て思うところはあれど、その扇状的な姿に欲情することはやはりない。
「朝食まで時間がある。まだ休んでいろ」
家族揃っての朝食はいつも7時ごろ。
現在6時を少し過ぎた頃だ。
前世では到底買えなかった高価な置き時計を見ながらそう答えると、困惑気味にだが頷いた。
「えぇ、かしこまりました……」
気を使うのはやめておいた方がいいか……。
申し訳ないが、宿主の性格全開で行こう。
そう決心した俺は、視線を向け返事をするだけで、何も言葉を発する事なく部屋を後にした。