11.魔孔2
朝起きると世界がキラキラと光って見えた。
ベットで隣に眠る奥さんを見ると、その周りには赤い光の粒子が漂っている。
室内の植物には青、緑、黄色、白の4色。
空気の中には青、緑、白、黒がうっすらと漂っている。
昨晩は攻守交代の扉を開いたぐらいで、昨日の今日で心情に大きな変化はない。
あるとすれば魔孔を開く術を使ったことくらいだが、しかしこの術にこの様な作用があるとは聞かない。
色の特徴を見るに魔法の属性が関係していそうだが。
ちなみに俺の周りには赤、青、緑、黄色、白、黒が均等に漂っている。
これはと思い、すべての初級魔法を試してみたが、全属性使えてしまった。
宿主、風と水の2属性なのだが。
『まろ助』
『はい!おはようございます、主さま!』
念話で呼びかけると目の前にまろ助がパァッと光を放ちながら現れた。
この部屋ではほぼ毎日奥さんと俺が体を交わしているので、まろ助は娘ちゃんの寝室で寝てもらっているのだ。
元動物だしあまり気にしないだろうが、なんとなくな。
ちなみにこのまろ助は分身体である。
そして毎朝奥さんが目を覚ますまでの数分、俺はまろ助を思う存分もふっているのだ。
まろ助と2人きりになれる場所なんてそうないからな。数少ない癒しタイムである。
横にいる奥さんが寝ていることを確認し、その柔らかい毛並みに顔を埋めながら、そのまま念話で話を続ける。
『うん、おはよう。俺、全属性使える様になってるんだけど、これって大丈夫そ?』
『それはそれは!おめでとうございます!ゼオ様が魔王を撃つまで秘密にしていれば、ストーリー上は問題ありませんよ』
『なるほど?』
全属性を持つのは勇者だけ。
つまりこの世界で次男だけであるはずなのだ。
魔孔を開いてやってしまった様だが、まろ助がそう言うなら問題ないのだろう。あの人にこの世界のトリセツをインストールされたらしいし。
バレると俺が勇者にされてしまうから、絶対に隠さないとな…。
ちなみに、主人公が追放されるきっかけになる教会のオーブだが、判定できる属性の色は4色までとなっている。
およそ400年前にいたと言う先代勇者についての記録はかなりあやふやで、全属性が使えたとしか載っていない。
オーブに判定できる属性の上限があるなんて誰も知らないので、うんともすんとも言わなかったオーブに主人公は属性なしとみなされ追放されてしまうのだ。
宿主は剣と魔法には長けているが、至って普通の人間である。
勇者が同じ世界に同時に存在することはあり得ない。魔王を倒したから勇者になるのではなく、全属性を使うことができる者が勇者となり魔王を討つのだ。
あのゲームのどこにも宿主が勇者の素質を持っているなんて元も子もない描写はなかったし、この場合俺の存在がシナリオクラッシャーになっているのだろう。
『そもそも、主さまはあのお方の力が直接的に及んでいますので勇者システムの対象外です。全属性を使えたとしても勇者にはなれません。昨日の魔力障害もその影響ではないかと』
まん丸に包まり揺れる尻尾を毛並みに頬ずりしながら眺めていると、まろ助が聞き捨てならないことを言った。
なるほど、昨日のあの忌まわしき副作用は、団長と宿主の魔力の相性ではなく俺自身が問題だったわけだ。
ほうほう、なるほど。
であればやることは一つだな。
***
「私は反対です」
「私も反対しましたわよ」
数日後、公爵邸の玄関である人を待つ俺に、キールと奥さんが苦言を呈していた。
「私の時の様な作用は出ないと言っているだろう」
「そう言う問題ではないのです」
「あの者が坊ちゃんを嵌めた可能性もあるのですぞ」
「その呼び方はやめろと言ったはずだ」
全く、あの一件以来この2人は今まで以上に過保護になってしまった。
「私が精一杯ご奉仕するので今からでも断りの手紙を…」
「残念、もう着いてしまいました☆」
その声に弾かれた様に顔を向ける2人は、警戒心増し増しで俺の前に並び立った。
まるで威嚇する猫である。
客を迎える態度ではないが、彼は肩を掠めるにとどめた。
「お二人の味方をするわけではありませんが、閣下。あんな事があったのによく私に再依頼を出せましたね」
「効果はあったらかな」
「それはようございました」
相変わらず飄々としている団長を見ていると、彼はふと首を傾げた。
「閣下、何か雰囲気が変わられましたね?」
2人の防御をするっと抜けて俺の目の前に立つ団長はじっと俺の目を見つめてくる。
さすが魔法師団トップ、何かに気付いたらしいが悟られるわけにはいかないのでさりげなく視線を逸らす。
それと同時にキールが俺と団長の間に入り、奥さんが俺の腕を必死に後ろに引いたため、団長との距離が開いた。
「近いです、離れて下さい」
まるでセ⚪︎ムだな。
「こほん、この度は魔孔を広げる術を試されたいのだとか」
「場所を移そう」
「ええ、もちろん」
前回も行った問答で部屋へ向かった。
「今日は子供たち3人に術をかけてくれ」
「よろしいので?」
「何がだ?」
「お子様方が閣下と同じ性質を持つ可能性もありますよね?」
「私はあれを己の特異体質であると結論づけている。子供たちに問題はないだろう」
「なぜその様な確証を?」
「こちらにも独自の情報網があるのだ。これ以上は言えん」
「左様ですか」
屈辱ではあったが結果として全属性を手に入れクーデター後の生存率が上がったのだ。
未遂だったしこの男を拒絶することもないだろう。腕だけは確かなのだし。
「んッ、おい、何のつもりだ」
並んで歩いていたが、しれっと体に触れて来た団長に思わず距離を取る。
「魔孔は全身にありますからね。閣下はこの術を受けると全身が性感帯となる訳ですか」
「団長様」
「おー怖い怖い。そうだ、せっかくですし奥方様、この術を教えて差し上げましょうか?閣下にいつでも施せますよ?」
「いつでも…?」
「おい、耳を貸すな」
コロッと表情を変える奥さんに心の中でため息を吐く。一体どっちの味方なんだよ。
アレを毎晩やられるとか恐怖でしかないのだが?
やはりこの男を呼んだのは失敗だったか…
2人の意見を素直に聞いておけば良かったな。
「今なら無料でお教えしましょう。先日はいいものを見せて頂きましたしね」
色っぽく舌なめずりをする団長を見て、その晩のことを思い出したのか分かりやすく生唾を飲み込む奥さん。
マジでやめてくれ。
「着いたぞ」
とりあえず仕事をさせれば団長の手は開かない。
そのまま有耶無耶にしてしまえ。
応接室では子供3人が可愛らしく同じソファに座り、俺が上座の1人席、子供の正面に俺側から奥さん、団長が座っている。そして娘ちゃんについてきたまろ助も大人しく地面に座っていた。
団長は俺にした説明を子供にも分かりやすいよう噛み砕きながら行っている。
魔法を使えるのは12歳からだが、魔孔を開くのは5歳ごろから行う事ができる。
子供への説明も慣れているのだろう。
一番幼い娘もちゃんと理解している様だ。
それにしてもこの家の子供はいい子ばかりだ。
呼べばちゃんと集まるし、騒ぎ立てることもない。
公爵家の子供であると言うことも理解している様だし、奥さんの教育が行き届いているのだろうな。
この前まで長男と次男の仲がよくなかったぐらいで、反抗期的な兆しもない。
俺がこの子達の年齢の時なんてゲーセンでぎゃーぎゃー騒いでたぞ。
「質問、よろしいでしょうか」
「どうぞ、ラウル様」
「数日前にこちらにいらしていた時は父上に術を施されたのですか?」
お?
「ええ、そうですが、どちらかでお会いしましたか?」
「いえ、父上の寝室から出てくるのをたまたまお見かけしたのです、母上も入って行かれた様ですが」
わーお。
「中の様子は見られましたか?」
「いえ、本当に通りかかっただけでしたので特には」
あの後しっぽり行ったのは団長も察しているのだろう、聞き耳を立てたのか聞いてくれたがセーフだったようだ。
年頃の子供にあのアブノーマルな光景は刺激が強すぎるだろう。
「でしたら父上にお聞きしたいのですが、魔孔を開く術を受けてみていかがしたか?」
あー、っと…。
「何か懸念でもあるのか?」
「…最近魔法を使う機会がなかったので」
なるほどね。
どうやらちょっと怖いらしい。
「お前たち3人とも激痛が走ることはないだろう。魔孔の数自体が多いからな」
「そうなのですか?」
「ああ」
この国の場合、魔孔の数は血筋に比例する。
魔法に優れた人間が王侯貴族になったからだ。
魔孔の数が少なく使い慣れていないと魔力を通した時に激痛が走る。
一方、使い慣れていなくても魔孔の数が多ければ魔力の圧力は分散して痛みを感じることはない。
赤子の入れ替えや奥さんの浮気で血がつながっていない可能性もあるが、血統を重んじる公爵家がそれを把握していないはずもなく、そもそもこの3人にそんな裏設定はなかった。
正真正銘、宿主と奥さんの子供である。
「では説明も終わったことですし、施術はどちらで行いますか?」
「この部屋でいいか」
「ええ、構いませんよ。正直に申しますと、先日は閣下のお顔を思う存分眺めるためにキール殿の退席をお願いしただけでしたので」
うわ、開き直ったなコイツ。
キールと奥さんからの殺気が膨れ上がったのがわかる。
まぁあの場合、その辺りまで調べてなかった俺が軽率だっただけなのだが。
「お父様はどの様な顔でお休みになられていましたか?」
意外にも娘ちゃんが突っ込んだ。
子供達と寝た事がないから気になるのかもしれない。
「残念ながら奥方様に邪魔されて見る事ができませんでした」
シュンとしてるのが妙にイラっとするな。
奥さんのオーラ的に、彼女の脳内では団長はすでに数回殴り殺されていそうだ。
「それで母上も寝室に…」
話がつながった様で長男が1人頷いている。
「では力を抜いて下さいね」
最初は一番度胸がある次男からになった様だ。
長男と娘ちゃんはまだ怖いようで、次男を犠牲に様子見をするらしい。
そしてものの1分ほどで終わった。
「お疲れ様でした」
「……ありがとうございました?」
これで主人公の魔力面の底上げが完了したことになる。
魔法はまだ禁止されている年なので、これ以上の強化は難しいだろう。
よくわかっていない次男が疑問形で例を述べると、子供達がどうだったかと取り囲んだ。
それを横目に呟く。
「早いな」
「閣下の時はゆっくりじっくりでしたからね。お子さん方はまだ体が小さいですし、魔力量も少ないですから」
「そうか、……近いぞ」
「ちぇ〜」
先日のことがあったからか、俺がよほどの事では怒らないと察したらしい。
明らかに図々しくなってきたな。
「団長様はお父様の恋人さんですか?」
いつの間にかこっちをみていた娘ちゃんがとんでもないことを口にした。
一瞬でこの場の空気が凍った。
兄弟たちもことの重大性をわかっているのか、妹の発言を信じられないものを見る様に固まっている。
友人ではなく恋人とは、この子も地雷を踏み抜くなぁ。
団長の顔が女性に見えるからか?
「ティナ、私はクラウディア一筋だ。恋人は作らない」
まだ近くにいる団長を追い払う様に手を振ると、その手を取られた。
そのまま唇に持って行かれる。
さらに奥さんの機嫌が急降下するのが分かった。
「私はぜひ愛人にして欲しいですけどね」
「気色の悪いことを言うな。子供の教育に悪いだろう」
「団長様はお父様のことがお好きなのね。奪略愛ですわ。お母様、団長様を殺してはダメよ」
「ティナ、小説の読み過ぎは良くないぞ」
「はぁい」
略奪愛がテーマの小説を齢11の少女が読んでいるのもなかなかだが、そもそものシナリオでは実の兄のハーレムに加わる様な性癖の持ち主であることを思い出した。
アブノーマルな道を行く素質がこの家族での中で一番あるかもしれない。
押しに負け受け入れた次男も次男だがな。
娘に指摘された母親はと言うと口をはくはくと動かし絶句している。
心の中で何度も殺していただけに否定できないのだろう。ちょっと不憫に思えてきたな。
「次は誰が受けますか?」
「はーい」
「ではこちらに」
ティナが元気に手を上げソファに横になる。
こちらも1分ほどで終わった。
「気持ちよかったです!もう一度お願いできますか?」
「効果が期待されるのは一度までですよ?」
「このすうっとするのも一度だけですか?」
「いえ、そちらは継続されますが」
どう断ろうかと苦労してる団長に助け舟を出す。
「ティナ、団長にはそれぞれ1回ずつで依頼しているから、どうしてもと言うなら自分のお金で払いなさい」
「おいくらですか?」
「500万ゼニーです」
「足りないわ……」
公爵家は超金持ちだが、子供たちには教育上多くの金を渡していない。
欲しいものは都度相談と言うことになっている。
多忙な団長を拘束しているのだからこれでも良心的だろう。
「ひとつ、おすすめの方法がありますよ」
……!ああー!藪蛇だったか!
くそっ、5000万でも5億でも満足するまで払っておけばよかった!
団長の悪魔の囁きに思わず苦虫を噛み潰した様な顔になる。
「おすすめの方法ですか?」
「……団長殿」
「何、この術をティナ様のお母様に覚えて貰えばいいのです」
「そんなに簡単に覚えられるの?」
「夫人なら1ヶ月ほどでしょうか?」
才能あるのね奥さん……。
習得は難しいと聞いているのだが。
もしかすると、才能があるからこその提案だったのかもしれない。
「お父様」
うわぁ、この子いま、母親の顔を見た後、誰にお願いするのが一番効果的か一瞬で判断したな。
奥さんはこの話に乗り気なのだ。そのるんるんさ加減は家族であれば分かるだろう。
この場で一番苦い顔をしている俺にお願いすれば一発だと判断したらしい。
ここまで聡い子なら、前回俺に何かあったことくらいは察しているかもしれない。
俺が渋る理由はそれくらいなのだから。
「お父様…」
「そんなに気に入ったのか?」
「うん」
「……、……、……、……分かった」
「やったぁ」
メインヒロインなだけあって可愛らしいが、この件で一番の被害者は俺になるんだよなぁ……。
押しに弱いのは俺も一緒か、次男のこと言えないな……。
「……団長殿」
「お任せ下さい」
「金は払う。後日提示してくれ」
「かしこまりました」
楽しそうだなおい。
一応睨んでおくが、この顔が通用しなくなったのは心底面倒だ。
その後一番ビビリな長男が術を受け、お開きとなった。
団長は手が開くタイミングで不定期に公爵邸に来るらしい。
しかし教えてもらえるのは嬉しいが、俺に団長を少しでも近付けたくないようで、奥さんはとても複雑な心境らしい。
俺はと言うと、これから訪れるであろう夜の試練についての弱音をまろ助にぶつけるしかなかったのだった。
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