第20話
――――23時過ぎ。
一通りの勉強を終えて、腰に巻いていたプラスチック製のコルセットを外し、シャワーを浴びる。
日常生活にも支障をきたしていた腰の痛みは痛み止めのおかげで何とかなっている。
苦痛を薬で誤魔化しながらの生活だが、今後の生活の為には致し方ない。
気まぐれに、目の前のガラスにシャワーを浴びせる。
見えるのは、ワタシの身体。
硬式ボールの打撲傷は段々消えていっているが、相変わらず手の豆の傷は消えない。
努力の跡。夢の跡。夜空の下に垂れる血は月に届くことなく、無惨に地へ還っただけだった。
鍛えたせいで無駄に太く筋肉質な脚と変にくびれた身体。血豆のついた手。上がらない右肩。そこまでして、得たものは何もなかった。
「・・・・・・やめよう」
こんなことを考えていてもキリがない。
今は受験の事だ。寝る前に少しでも外国語単語を覚えておこう
風呂から上がり、右肩と主に痛む左腰に湿布を貼り付け、左手でドライヤーを使う。
せめてもの清潔感をと思い買った化粧水と美容液を顔に着け、ヘアオイルを広げた左手指で髪を撫でる。
野球辞めたのだし、せっかくだから髪を伸ばそうかな。
咲さんのように綺麗な髪になることを少しだけ期待しつつ、上がった気分のまま単語帳を開き・・・・・・
やること1時間ほど。
眠くなってきたし、明日も学校があるので歯を磨き、布団に横になっていると。
静かに家の扉が開いた。
母さんだ。母さんが帰ってきたのだ。
今日は契約関係先との飲み会だったようで、夜遅くに帰ってくることを聞いていたが、0時を回るのは珍しい。
ぶつくさと独り言を言いながら手を洗う音とうがいの音が布団越しにも伝わってくる。
ワタシが寝たと思っているのだろう。独り言の声は小さいながらはっきりとした口調だ。
「・・・・・・クソッ、こっちだって頑張ってるんだよ。ふざけやがって」
またしても不機嫌なお帰り。昨日の事を聞いてしまったからにはこれに対して文句の感情も浮かんでこない。
「一銭も残さず死んでいきやがって、負債だらけだったつーの」
「なんでこんなことやってるんだろうなぁ~幸せになりたいな~」
「――――家族なんて、持たなきゃよかった」
「・・・・・・あ」
ぷつり、と。
何かが切れたような気がした。
家族なんか、持たなきゃよかった。
そりゃそうだろう。
家族を持たなければ、結婚なんかしなければこんなことになりはしなかったのだ。
・・・・・・じゃあ、ワタシも邪魔者なの?
じゃあ、なんで結婚なんかしたんだよ!
だったら――――なんでワタシなんか産んだんだよ!
僅かに部屋に明かりをつける。
トレーニング用のゴムチューブを引き出しから取り出し、本棚の上の段ボールの下敷きにして輪っかを作り。
その輪に首を通して、また息ができなくなって・・・・・・
――――できてしまう。
息が、できてしまった。
「・・・・・・足が、ついてる」
床に足がついてしまっている。
以前実行した際はギリギリの高さでワタシの身体は宙に浮いていた。
だが今は――――足が完全に床についてしまっている。
――――背が、伸びてしまったのだ。
「・・・・・・くっそ・・・・・・ちくしょう」
首を絞めるチューブの圧が小さすぎる。これでは到底、死には届かない。
ワタシは手を伸ばしても、何も手に入れることができない。
夢も死も、遠ざかる一方。
聞かれないように、声を殺して咽び泣く。
チューブを片付ける余裕なんてものはなく、そのまま布団に丸まり、
「・・・・・・なんで、生きてるんだろう?」
ワタシの望みは、消えること。
ワタシはもう、解き放たれたい。自由になりたい。
こんなしがらみだらけの世界から、卒業したい。
――――誰か、殺してくれないかな。
人はどのようにして自身を世界に結い付けるのか。
人が人である以上、自身で自身を確固たるものにするには限度がある。故に他者の存在を以て自身の存在を維持させる必要が在る、のかもしれません。




