第13話
「・・・・・・いたッ」
腰に走る痛みを耐えながら素振りをしていたワタシの身体に、新たな痛みが奔る。
月光が僅かに照らす竹製のバットの持ち手から、鮮血が微量ながら流れていた。
自分の手を見やる。
鮮血の発生源は右手中指の根本。最近できたばかりの血豆が裂け割れ、血が出てしまったようだ。
「・・・・・・もう破れたのか」
竹バットを地面に置き、なんとなく両手を見る。
左手は指がほんの僅かにだが開きにくくなるほどの豆は固まり、右手は固まりながらも裂けては治りを繰り返し、
「これだけやっても、意味あるのかな?」
豆が破れた時の為に持ってきていた包帯を腰巻バッグの中から取り出し、おぼつかない視界ながら、右手に巻き付ける。
そして、また素振りの継続。
――――ワタシにトスを上げてくれる人はいない。
バッティングの練習に置いて、バットでボールを捉える、いわゆるミート力を上げるために、トスバッティングというものはかなり有効だ。
初心者からプロ野球の練習でも取り入れられるそれは、ボールを打つ人と、当然ながらボールを投げる人が必要となってくる。
しかし、ボールを上げてくれる人は身近にいない。
お母さんに以前やってもらったが、上手く投げることができないようで練習にならなかった。
だから、ワタシはずっと一人で練習を続ける。
進学して野球ができたら、少しはマシに練習できることを期待しながら素振りをつづけた。
ざぁーっつ、と。
風が。強い風が一つ吹いた。
素振りを止め、目にゴミが入らないように瞑る。
治まりを確認し、目を開けると、
河川の水が風に煽られて揺れ動き、反射する月明かりが波紋を描いていた。
「・・・・・・おお」
ほんの少し見る、神秘的な世界。
その幻想的な時間がほんの少し得をした気分をくれる。
「ねぇ、あれ綺麗!見て見て!」
「本当だ、綺麗だ」
「良くみつけたね!すごい!」
数歩ばかり先の距離を、犬を散歩する家族が通り過ぎた。
小さな子を真ん中に挟み、両親が手をつなぐ。父親の外側の手にはリールに繋がれた子犬が一匹。
――――虫唾が、走った。
一家幸せそうな家族を見て、ファンタジー感あふれる世界から、一気に現実へ急転直下。
邪魔だからさっさと視界から消えてほしい。
「・・・・・・なに、かんがえてるんだ?」
幸せそうな家族が、子どもが純粋な気持ちで見ることができない。
できなく、なった?
それとも、昔から実はそうだった?
矮小なる存在になったのか、元々矮小だったのか。
――――頼む。
頼むよ。
昔から自分がこんな醜悪な存在だったと思わせないでくれ。
気づかせないでくれ。
そうだ。
きっと、あいつ等のせいだ。
ワタシを蔑ろにして、利用するだけ利用しているあいつ等のせいでワタシの心が荒んでいるだけなんだ!
「・・・・・・それは、ほんと?」
バットを振りかざし、地面へ叩きつけようとする。コントロールを見失ったその行動は地面に炸裂する寸前で理性が働き、なんとかバットは地面へ叩きつけられることはなかった。
そうだ。このバットはお母さんがなけなしの金で買ってくれたものだ。
それに、これはボールを打つためのもの。誰かを叩いたり自分の感情をぶつけるものではない。
「・・・・・・くそ」
無様な苛立ちと『醜くどす黒い何か』の嵐は、幻想的な安らぎを悉く蹂躙していく。
犬を散歩する家族たちが遠ざかり、周囲に人がいないことを確認して、ぽつりと独り言、
「・・・・・・なんで、こんな奴が生きてるんだろ?」
学校に行けば生徒の遊び道具のようにされ、大人はロクな対応はしない。
野球に行けば夢が近づく気配はなく、奴隷のように扱われるだけ。
――――もう、限界かも。
最近革製の手袋を買いました。冷風を通さないのでとても暖かいです。




