第10話
――――チームメイトとの不仲は怪我をしてから始まったものではない。
上手くなりたかったから練習が始まる1時間前にグラウンドへ到着し、素振りなどの自主練をしていたら、たまたま監督が早く来て褒められたことがあった。
「みな、飛月を見習って早めに来るように」
その日の朝の集合のタイミングで、前に呼ばれて皆の士気を上げるための材料にされた。
――――効果は真逆。
チームに所属してから1か月足らずのひよっこのためにそんなことをされてしまってはたまったものではない。
保護者たちも弁当を作ったり、当番の支度をしたりと忙しいのに。監督命令で集合時間に1時間前に来ることを強制されるという謎の減少が一時起きたのだ。
チームメイトは監督に文句を言うことができず、保護者も苦言を呈する勇気はなかったのか。
苦情という名の白羽の矢は、ワタシにたった。
その現象は数か月続き、母が保護者達に頭を下げ、監督にはワタシが頭を下げてこれをやめてもらうことにした。
これは本来、大人同士がやらなければならないコミュニケーションだろうに。
それからというもの、監督がワタシに対して一気に冷たくなった。
チームメイトからも、失態をした上に怪我をして辛い練習から一抜けした厄介者のレッテルを押され、仲が悪い状態が続いているのだ。
「・・・・・・いてっ」
ブルペンを作っている最中、投げていたチームメイトの子が一人。
肩を押さえて、静かに蹲った。
「・・・・・・どうした?」
スコップを地べたに置いて、作業を停止。すぐに彼女のもとへ駆け寄った。
「やべぇ。滅茶苦茶イテェ」
「・・・・・・ちょっと、触るよ」
頷く彼女の右肩に触れる。
ユニフォーム越しに手へと伝わる熱。
明らかな疲労だ。このままだと危ない。
「肩、上げられる?」
少女は右肩をゆっくり上げる。肘が肩の高さと並行になったあたりで顔に苦悶が浮かんだ。
「・・・・・・あたしも、お前みたいにやらされるのか?」
本人の前でそれを言うか、普通。
しかし・・・・・・
その辛さは、ワタシが一番知っている。
できれば、あまり味わってほしくないものだ。
「当番の人たちの所に行こう」
「だけど・・・・・・バレたら!」
「大丈夫。今はバッティング練習につきっきり。
任せろ、もう何か月もこんな生活してるんだ。奴の動きぐらいわかる」
「・・・・・・そう、なのか?」
彼女のボールを止めていたキャッチャーの元へと小走りをして、事情を伝えた。
そしてすぐに、ブルペン裏を通って、保護者の元へと向かった。
「ありがとう――――連れて来てくれて」
当番の場所に、彼女の母親がいた。
お礼を言われ、アイシングをする彼女。
苦悶の顔は、段々と安堵になっていく。
「ごめん。ここまで連れて来てくれて」
「いい。ワタシは戻るよ。怒られたくないか・・・・・・」
「そこで、何をしてるんだ?」
ガシャガシャと、スパイクの歯を鳴らしながらコンクリートの道を歩いてくる大女。
監督が、すぐそこまで来ていた。
ピッチングをしていた彼女がアイシングをしてそこにいる。
「・・・・・・ピッチング終わったのか?ならバッティングの練習に参加しろ。
休憩はそこからだ」
「・・・・・・は?」
その子の母が、疑問の声を上げた。
「これ以上続けたら、うちの子が壊れてしまうかもしれないんですよ?」
「大丈夫ですよ。多少痛いが普通なんです。誰よりも無理を繰り返すことでしか、上手くなることはできないんです」
犠牲ありき。そのうえでしか成長は見込めない。
そう、監督は言った。
「それは、おかしい」
呟いたのは、ワタシ。
監督が睨み、こちらにやってくる。
「此処に来るように促したのは、お前か」
違うんです、と言おうとしたのか、その子は声を詰まらせる。
だが、もういいだろう。
こちらも疲れが出始めていたのだ。
「はい。ワタシです」
――――ビダン、と。
頬に炸裂したのはビンタ。
すがすがしいほどの音と、導火線に火が伝わるように痛みがひしひしと奔る。
「余計なことしやがって!お仲間がそんなに欲しかったか!?」
「なんですかその言い方!信じられません!」
保護者一同が苦言をようやく呈した。
今までの怒りを発散させるように、皆が吼える。
「方針を決めて、ここまで強くしたのはワタシの手腕あってこそだ!
文句があるなら、あなたたちが監督やるか!?
あなた方にできるわけないだろうが!いいから指示を聞け!」
――――沈黙が、あたりを包む。
威圧に堕ちたか、それとも責任の放棄に近い妄言に驚愕しているのか。
その中、監督は歩き。
その子を、叩いた。
アイシングを剥ぎ、行けと。
命令して、その子は歩き始めた。
母親は、その子の両肩を優しく掴んで。
「――――今日は、帰らせてもらいます」
「・・・・・・結構です。来週までに治してきてください」
治るわけねぇだろ。
やっぱり、おかしい。
けれど、此処で実力をつけなければ。
生き残らなければ、夢への道が遠ざかる。
「・・・・・・飛月」
その子が、頭を下げる。どんな気持ちかは判らないけれど、涙を微かに浮かべた彼女の目は、いつもワタシを見る目よりも、少しだけ優しい。
「ありがとう」
「うん。お大事に・・・・・・」
「お礼なんか言うな!帰るならさっさと帰る支度をしろ!
飛月!お前もそんな顔してこっちを見るな!」
ビンタの軌道。肩の高さまで手があがり、空に弧を描いてこちらの顔へと迷いなくやってくるそれを――――1歩後ろに下がって避ける。
「・・・・・・お前、どういうつも・・・・・・」
「作業に戻ります。無礼の数々、失礼いたしました」
踵を返す。これ以上関わりたくないという雰囲気を纏わせながら、ブルペンの方へと小走りで戻った。
・・・・・・初めて、歯向かった気がする。
きっと、ますます嫌われることだろう。
夢が遠ざかっていくことだろう。
こんなことで、いいのだろうか。
だけど。
けれど。
夢の為に身体を犠牲にすることは、果たして善であるのか。
苦労の末に、もしたどり着くことができなかったら、
それは徒労で、一生ものの傷になるのではないか?
――――身体だけではない。
自身で決断することを善しとせず、コントロールしたがる大人との共存をしていることで、その子どもは本当に自分を形成できるのだろうか。
子どもの頃から、絶対に自分を作っておく必要がある。
人は個を成すことでしか、他者との差異を区別することができない。
他者を知るからこそ、自分を知ることができるのだ。
自分があまり幸せではないことも、誰かの幸福も。
不幸だからこそ、他者の不幸を理解できる。
だから、歩み寄ることができたのかもしれない。
それなのに今はまるで――――衆との差異を生まずして機能的に終結しやすい『普遍』の人を作り出そうとしているみたい。
幸も不幸も例外なく、ただの現象として処理されているみたいだ。
使えるか、使えないか。良いか、悪いか。
それだけの区別しか、大人はできなくなっているようだ。
だから我が強いと排除される。子どもたちから。それが成長した大人たちからも。
お前はおかしいと。異物だと。イレギュラーだと。邪魔者だと。
異質に向き合う苦労にも、自分をできる限り殺し順応しようとする苦悩にも、目を向けることなく。
――――外野は、騒々しい。
出る杭と成りかねない子どもを守るのが、大人の使命ではないのか。
社会から逸脱することのない、それなりの人を作るのが大人の役割ではないのか。
一体――――なんなんだ。
守ってくれよ、ワタシのことを。
「・・・・・・大人って、身勝手で羨ましい」
物語が少しだけ明るくなってきました。
やっぱり鬱鬱とした人生よりも明るく楽しい方がいいですね。




