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数秒噛まれたが息はできている。
ライオンが噛むのを止めていた。
理由はブチハイエナが現れたからだ。
ライオンが狩った獲物を横取りするために集まってきた。
いくらライオンといえども集団で攻撃してくるハイエナは非常に鬱陶しい存在だ。
とにかく獲物を奪うことに必死だ。
なりふり構わずにライオンが諦めるまで周り中から攻撃してくる。
ライオンであっても数十匹で群がってくるハイエナには脅威を感じている。
へたすると自分の命も危なくなってくる。
たまらずらずメスライオンは退散した。
彼女にとっては一難去ってまた一難という状況だ。
危険度はあまり変わってない。
いや、むしろ瀕死の状態になってしまった今のほうが絶体絶命の危機に瀕している。
すべてのハイエナが執拗にチョコチョコと攻撃してくる。
致命的だったのは背後から噛みついてきた時だ。
背後には反撃できないので最も弱いところを狙われた。
複数のハイエナが狙ってくる。
ここぞとばかりに首元にも噛みつかれてしまった。
この連中は自分の仲間以外はすべてが食いものだ。
下腹部に激痛が走る。
ズルッと腹から引きずり出された感覚がある。
あちこちが痛すぎてどこが痛いのかわからない。
あっ、突然だ。
なんだ、これは?
頭の中にとんでもない光景が蘇った。
そうだ、そうだった。
自分は日本で暮らしていた。
まだ小学校に入る前の女の子を持つ母親だった。
思い出した。
福岡県北九州市で暮らしていた。
買いものに行こうと子供を連れて横断歩道を渡っていた。
小倉城のすぐ近くにあるリバーウォークという商業施設に向かうところだった。
あの日、あの時間、1台の車が赤信号であったにもかかわらず横断する人の群れに突っ込んできた。
運転していたのは高齢男性。
ブレーキを踏まなければならないところをアクセルを強く踏んでしまっていた。
そんなことは関係もないしまったく知らない母娘は急加速してくる車に跳ね飛ばされた。
幼稚園児だった娘は路上を転がって血だらけで即死。
母親は虫の息であったが最後の力を振り絞って娘に手を伸ばした。
触れることもできずに呼吸が止まった。
そして今。
まだ生まれてもない我が子が腹から引きずり出されて食われている。
また理不尽に我が子の命が失われる。
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなあぁぁぁぁ。
なんで自分ばっかり。
くそおぉぉぉ、最後の最後まであらがってやる。
せめて、せめて1匹でも道連れにしてやる。
ほとんど最後の力を振り絞って立ち上がった。
目の前にいるハイエナを全力で噛みにいった。
からぶり。
それに反応したかのようにさらに数匹のハイエナに反撃された。
どこに噛みつかれたのかわからない。
地面に引きずり倒された。
この時には彼女の意識はすでになかった。
その壮絶な光景を離れた場所からマイケルは見ていた。
直接触れ合ったことはなかったが、いつしか自分の家族の一員になってしまったような想いで見守っていた。
チーターにエリーナと名前をつけて呼んでいたこともあって想いが強くなったんだろう。
こんな、こんな最後ってあんまりだと胸が張り裂けそうに痛んでいた。
先生であるキースは冷静に見ていたがマイケルにはそれができない。
感情が豊かな青年だ。
キースにはそれがわかっている。
だからなにも言わないでいる。
自分で乗り越えていかなければならない。
キースだって若い頃にはこれと同じような経験をしたことがあった。
せめてもの、せめて生きた証としての記録だけはしっかり撮っておきたいとカメラを回している。
(完)




