毎年卒業パーティーで婚約破棄するの、やめてもらえませんか?
「お前はフランソワの婚約者に相応しくない.....お前に婚約破棄を命ずる!」
こんな光景を何度見てきただろうか。
壇上に立って恋人の婚約者を断罪し、その後晴れて二人は結ばれる。陛下ご夫妻や名だたる貴族が参加しているパーティーだからこそ、断罪された者は没落し、物語のカタルシスは一気に解放される.....迷惑極まりない。
この学園の生徒会長である私、レティシア・ド・ベネトーは卒業パーティーで起こる婚約破棄騒動に悩んでいた。何せ、この卒業パーティーは生徒会が主催だからだ。
そもそも、事の発端は何代も前の世代で当時流行っていた恋物語「愛は真実の元で」を模倣したことだった。その物語は、主人公が婚約者の浮気に悩み苦しんでいるところから始まる。主人公は伯爵家の令嬢で、婚約者の侯爵家には何も言えず、それでも婚約者を信じたい主人公は苦悩する。しかし、主人公の状況を知った第二王子が卒業パーティーで主人公の婚約者を断罪、婚約破棄を命じる。そしてそのまま王子と主人公が結ばれるという物語だ。
当時、卒業パーティーで婚約破棄を命ずるなど、有り得ない話だったようだ。しかし、この物語の流行の影響はこの学園にも届き、実際に婚約破棄騒動が起こるようになった。
先代の生徒会もこの風習と戦ってきたが、なかなか抑えることができていなかった。だからこそ、私はこの代で封じてみせると意気込んでいた。
「レティシア生徒会長、今回の訪問リスト作り終えました!」
「ありがとうセドリック。あなたが副会長で助かるわ。」
副会長のセドリックが頼んでいたリストを渡してくれる。そこには何組もの許嫁と、その状況について記されている。
そう、私たち生徒会は不穏な状況にある許嫁同士の元へ訪問し、地道に問題を解決しているのだ。卒業パーティーの時点で誰も現在の婚姻に不満が無ければ、婚約破棄など起こるはずもない。問題によっては婚約解消する者同士もいるが、より仲が深まり問題を解決する者も多い。それをやりがいとしながら、私たちは今日も訪問を続けていた。
その点、セドリックは優秀だ。問題のある許嫁を調べ上げ、どのような状況かをすべてまとめてくれる。
「会長、もう全体のリストのうち半分以上解決しましたね。」
「そうね。でも、卒業パーティーまであと二か月切っているわ。ペースを上げた方がいいのかもしれないわね....」
私が悩んでいると、セドリックは私にお茶を差し出してきた。ほんのり、バラの甘い香りがする。
「張りつめなくていいんですよ。ペースは順調です。このまま頑張っていきましょう!」
セドリックを見ていると、その優秀さに言葉を失う。私がいなくても、このまますべて解決してしまいそうだ。
......そう、私がいない方がいいのかもしれない。
私は平然を装って紅茶に口をつける。香りが口の中に広がるが、舌にはとげとげしいほどの強烈な渋みを感じる。
「....そうですね。このまま頑張りましょう!」
私はカップを置いて、セドリックと共に生徒会室を出た。
訪問にはいろんな形がある。実際に当事者の屋敷に行くこともあれば、学園の空き教室なんかを使って相談することもある。今日はすべて学園内での訪問だった。典型的なお互いの浮気云々や、家の財産、評判の問題。今日すぐ解決するわけではないが、私たち生徒会が仲介役となり話を進めていく。今日も概ね順調で、次の訪問先はリストの一番最後だった。
一番最後の者たちは、訳アリだ。だから、セドリックはいつもこうやって私に確認する。
「.....僕もついていきますか?」
「いいえ、私一人で大丈夫よ。今日は帰っていいわ。」
毎回同じやり取りをしているが、セドリックの言葉は支えになっている。今回の相手はセドリックの家と敵対関係にあるのが理由で共に訪問しずらい。しかし、たとえ訪問に参加しなくても、その気持ちが嬉しいのだ。
「いつも言ってることですが....なにかあったら呼んでください。すぐ駆けつけます。」
そう言ってセドリックは帰っていった。ここからは、私の時間だ。
そして一人になった私は目的の教室まで歩いていった。すると、周りの生徒たちから歓談が聞こえてくる。
「また、意味のないことやってるよ....」
「会長も懲りないな。他人のことより、まずは自分のことからだろ。」
「レティシア会長、返り討ちにされたそうよ。」
「可哀そうだけれども、会長自身の性格が......」
全部、聞こえないフリをして廊下を突き進んでいく。
自分でもわかっていたことだ。彼ら彼女らの言葉を聞かなくても、私のこころの中にはすでに同じような言葉がぐるぐると駆け巡っていた。
とても長い時間のように感じたが、ようやく目的の教室の前までやってきた。
どの教室も同じような扉なのに、とても重い扉のように感じる。私はその扉をゆっくりと開けた。
「レティシア......」
そう私の名を呼ぶのは、私の婚約者フィリップ・ド・ブルゴーニュ侯爵家令息だ。そしてその横には、かつて親友だったカトリーヌ・ド・カール子爵家令嬢がいた。フィリップはこんなときでも美しく、私の瞳を紫色の瞳で見つめ続ける。ただ、かつての愛のこもった眼差しではなくなっていた。
フィリップとの出会いはお互いが10歳のときだっただろうか。私たちの家はお互い侯爵家ということもあり仲がよく、幼いうちから私たちの婚約は決まっていた。そんななか開かれた私の誕生パーティーで初めて出会ったのだ。
そのころのフィリップは背も私より低く、最初こそ婚約者という実感は湧かなかった。しかし、舞踏会のときだった。上手く踊れない私を丁寧にリードしてくれたフィリップをとても愛おしく思ったのだ。
それから会う回数も多くなり、次第に私たちはお互いを想い合うようになった。背も次第に越され、私はますますフィリップを想った。学園に入学してからも、その関係は崩れることなくずっと続くはずだった.....
二人の関係に亀裂が入ったのは、一年前のことだった。
私が一番仲良くしていたカトリーヌが、フィリップと恋仲になったのだ。
これまでも、学校一の美しさを持つフィリップはその身分も相まって女子生徒から言い寄られることはあった。しかし、フィリップはいつも私を愛しているからと断ってきていたのだ。それだけに、カトリーヌの裏切りはショックだった。
最初こそ、私は何が起きたのかもわからず、それでもフィリップの愛を信じていた。でも、この一言で完全に希望は潰えた。
「レティシア、俺はレティシアを愛することはできない。」
今日も、いつもと同じように私にそう告げる。
その紫の瞳は冷酷に私の心を貫く。しかし、私は愚かにもまだフィリップを愛している。
「理由を教えてちょうだい。私には、フィリップの口から聞く権利があるわ。」
フィリップは黙ったまま、私の瞳を見つめ続ける。
何も、答えてはくれない。この一年、これと全く同じ押し問答から進展を見せない。
フィリップは婚約はそのままでほかに恋人がいる状況を維持したいらしい。私の家の後ろ盾がほしいからだろうか、それとも決意が固まらないだけなのか。いっそ私の方から婚約の解消を要求すればいいのだろうが、それほど酷なことが他にあるだろうか。少なくとも、私はまだ婚約という言葉で関係を持っていたいと考えてしまう。
相手から理由も、婚約破棄も、全て告げてくれたら納得できるのだろうか。
私がそんな風に苦悩していると、カトリーヌが蚊の鳴くような声を出した。
「フィリップ様.....もう耐えられません.....」
.....なぜカトリーヌが耐えられないのだろう。
かつて親友だった私への情けか、はたまたカトリーヌ自身の気持ちか。私にとって、唯一の親友の裏切りと唯一の恋人の裏切りはそれに勝るものだ。カトリーヌに言われたくないという気持ちが駆け上がる。
「.....レティシア」
「なに、フィリップ。」
二人の間に冷めきった空気が流れる。
フィリップはこんなときでも美しく、私の瞳を紫色の瞳で見つめ続ける。私は、どうしてこんなにも愚かなのだろう。まだ、フィリップを慕っているなんて。
「俺は、レティシアに何も告げることができない。それが答えだ。」
.....結局いつも通りの結果だ。
私はどうすることもできなかった。フィリップとカトリーヌは席を立ち、教室から出ていく。私は二人が出ていったあと、机に突っ伏して、出来るだけ口元を袖で押さえて、泣き叫ぶことしかできなかった.....
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ついに、私たちの卒業の日になってしまった。
あれからフィリップは話したい趣旨を伝えても断るばかりで、最後まで解決しなかった。小説の内容から言えば、今日婚約破棄を言い渡されるのだろうか。確かに、卒業パーティーは婚約破棄を知らしめるにはうってつけの場だし、この日まで待っていたとも考えられる。だとしたら、最悪だ。
だが、ここまで悪いことばかりではなかった。私とセドリックは“私たち以外の”全ての許嫁同士の問題を解決したのだ。例え私が悲しい顔でも、他の皆にとっては婚約者と、または恋人と清々しく卒業できるだろう。これだって、私の目標である。
私は一人で卒業パーティーの会場に向かう。周りは友達や恋人と共に歓談しているが、私には関係ないことだ。そんな風に歩いていると、私の肩を誰かが叩く。
「レティシア会長、おひとりですか?」
振り向くとそこには、普段の制服ではなくジャケットを羽織ったセドリックがいた。彼はいつもにこやかである。.....私は今、どんな顔をしているだろうか。
「そうよ、なにか悪いかしら?」
「悪いなんて...僕も一人なんです。良ければ一緒にどうですか?」
皮肉で返したら、真面目に返されてしまった。セドリックは....私に気があるのだろうかなんて思ってしまう。婚約者にエスコートを頼むも案の定断られ、傷心中だからこんなこと思うのだろうか。
「.....そうね、よろしく頼むわ。」
「よかったです!悪い思いはさせません!」
そうやってセドリックは私に手を差し出す。
私は、彼の手に恐る恐る自分の手を預ける。そのとき、私の心に棘が刺さったような、そんな気がした。やはり、フィリップを忘れられない。
私とセドリックが会場に入ると、そこには卒業する生徒はもちろん、その親である各家々の貴族や陛下ご夫妻もおいでになっていた。煌びやかな会場に煌びやかなドレス、私だけ置いていかれてるように思える。
そんな感情を感じ取ったのか、セドリックが声をかけてくれる。
「レティシア会長、そのドレス素敵ですよ。この会場で、一番輝いています。」
「.....そういう言葉は好きな相手に言うものよ。まだ首の皮一枚でも婚約者がいる私に、言う言葉じゃないわ。」
そう言うと、セドリックは私に微笑んでこう答えた。
「じゃあ会長、婚約が無くなったら言ってもいいですか?」
この時、私の背筋は凍りついた。
決して嬉しくなかったわけじゃない。しかし、私の心はなにか、大切なものを見落としているような、そんな気がした。もうそんなもの、ずたずたにされたというのに。
「....さあ、行きましょう。私は挨拶しなくちゃいけないし、悠長にしている暇はないわ。」
「.....そうですね!はやく行きましょう!」
酷いことをしただろうか。彼は彼なりに気持ちを告げてくれたというのに。
私は、いつまでフィリップのことを引きずるのだろう。
こんな後でも、セドリックは私の席まで案内してくれる。
生徒会としての出席であり、卒業生としての出席でもある。非常に重要だ。
「ほら会長、開式の挨拶ですよ。」
「ありがとう、行ってくるわね。」
私が壇上に立つと、会場にいる全ての生徒の顔が見える。
そのなかには訪問で関わった生徒も多く、怒号を交わした生徒さえいる。しかし今では問題も解決し、いい顔をしているのだから本当にやってよかったと思う。
「これより、卒業パーティーを開きます。この学園で過ごした日々を―――」
覚えてきた台本通りのセリフを話す。
生徒会長として、これまで散々心無い言葉を受けたり苦しい思いをしたが、この生徒たちの顔を見ればそれも晴れる。私一人の悲しみなんて、どうでもいいのだ。
セリフをすべて読み上げ、壇上から降りるときに遠くにいるフィリップと目が合った。
しかし、そこにはカトリーヌも一緒にいた。当然、お互いに目をそらす。
自分になんども言い聞かせていることが通らなくなる。
苦しく、この場から逃げ出したい.......
そんなときだった。
「陛下!この場をお借りして告発したいことがございます!」
その声は、会場を一気に緊張した空気にした。そして、その声の持ち主は他でもない....セドリックだったのだ。
そして、その内容が何か察しが付かないほど、私も馬鹿ではない。
「....セドリック・ド・ホルタ、其方の発言を許す。言ってみろ。」
「ありがとうございます、陛下。
私の告発というのはただ一つ、この中にこの学園の卒業者として相応しくないものが混ざっているということです!」
会場中に騒めきが起こる。
私はセドリックを止めようとしたが、もう遅かった。陛下はセドリックに発言を許したのだから。
「セドリックよ、その者の名は?」
「他でもない、フィリップ・ド・ブルゴーニュ侯爵家令息で御座います!彼は婚約者がいるにも関わらず、カトリーヌ子爵令嬢と恋仲となり不貞まで犯したのです!」
一気にカトリーヌとフィリップに視線が集まる。こうなってはだれも止められない。
「しかも、カトリーヌ嬢は私に相談してくれました。フィリップ殿はカトリーヌ嬢を脅して相手をさせていたというのです!さあ、証人となってくれるものは前に出てきてくれないか!」
すると、幾人かが壇上の前に現れ、次々と証拠を上げていく。一緒に密室に入ったことや、フィリップがカトリーヌを脅していた現場を見たもの、その他いろんな証拠が上げられた。
証拠はどれも、信憑性には欠ける。だが、これほどの人数での証言であるならば責められておかしくない。そして何より、カトリーヌとフィリップが婚約者がいるにもかかわらず恋仲であることは周知の事実だ。不貞行為云々は問題ではなく、その疑惑が取り上げられるような状況が問題なのだ。私はそれを十分理解していた。
セドリックは、この騒動で確実にフィリップの地位を落とすつもりだ。浮気など当たり前な貴族の世界であるが、実際に露呈してしまえば槍玉に挙げられてしまう。それを知っての行動だった。
私は、どうすればいいのだろう。フィリップへの想いも捨てきれない中、彼は今窮地にいる。セドリックは伯爵家、私は侯爵家だ。私の一言で決まるかもしれない.....
でも、フィリップとカトリーヌに裏切られた事実が私の心の奥底でずっとうずいていた。
「フィリップ....お前はレティシアの婚約者に相応しくない.....お前に婚約破棄を命ずる!」
セドリックが高らかに声を上げる。それはまさに、セドリックの勝利宣言であり私とフィリップの関係を完全に絶つものだった。
もう、やめてほしい。
みんなが私の心を置き去りにして、私を傷つけて....もう懲り懲りだった。
しかし、フィリップはまだ負けていなかった。
セドリックが一通り証言を挙げ終わり、フィリップの言葉に会場の皆が注目していた。そんな中、彼はこう言ったのだ。
「セドリック伯爵家令息、それでお前の言いたいことは全てか?」
場が一瞬で凍り付く。
圧倒的に不利なのはフィリップだ。なのに、彼はまだ平然としている。
「開き直るな!お前は、お前は婚約者のレティシアを傷つけているのだぞ!」
「ほう、お前が言うか....
そういえば肝心の証人を一人忘れているんじゃないか?そう、カトリーヌを。」
カトリーヌは一歩前に出る。
その時、一瞬だけセドリックの顔が歪んだ。誰も気づいてないであろう、ほんの一瞬だけ。
「そうだ、カトリーヌ!証言してくれ!フィリップに脅されたと。どんな脅しでも、私達が解決してみせる!」
セドリックはそう告げる。その時まで会場は完全にセドリックが優勢。勝利を確信しているようだった。だが、カトリーヌはこう言った。
「では、証言させていただきます。
私は脅されてフィリップ様の恋人となりました。他でもない、セドリック・ド・ホルタに脅されて。」
会場が一気に騒めく。
カトリーヌは、フィリップではなくセドリックに脅されたと告げたのだ。これまでの全ての証言が一瞬にして泡と化す。
「な、何を言っているんだ、カトリーヌ!君を脅したのはフィリップだろう!?」
「いいえ、セドリック様です。私の家に仮で貸してくださっている領地を没収すると。そして、成功すれば私の家にある借金をすべて肩代わりすると言い私にフィリップ様に押しかけるよう命じたのです。」
セドリックの顔が一気に歪む。
さっきまでの勝利を確信した顔と違い、すべて崩れたと言いたげな表情だった。
「.....陛下!カトリーヌは狂っているのです!フィリップにされたことと私の救済を混同して....」
「黙れ!セドリック・ド・ホルタ!」
陛下はいつもこのように声を荒げないお方だ。
それがどうして、このようになっているのか見当が付かない。
それに、カトリーヌはセドリックに脅されていただって?
私は持っていた心の苦しみなどどこかに行ってしまい、ただ真実だけを知りたかった。
「ど、どうして....」
「セドリック、お前の言いたいことは全てか?」
再び、フィリップがセドリックに問う。
さっきと違って呼び捨てにし、さらに声には威圧があった。
「この際、不貞行為の有無は関係ない!フィリップとカトリーヌが恋仲であることは周知の事実だ!それに対して何の言い訳ができる!!」
セドリックは声を張り上げ、皆が思っている疑問を形にする。
そうだ、どんなに証言に矛盾があっても、恋仲であることは言い訳できるはずがなかった。
「本当に、それで全てなのだな?」
フィリップはセドリックを試すかのように、そう聞く。
彼の紫の瞳は獲物を捉える野獣のように、黒く燃え上がっていた。
「....そうだ、全てだ!
お前らはレティシア会長を傷つけた!それ以上のことがあるのか!」
フィリップはため息を吐き、セドリックに詰め寄る。
会場の生徒たちは二人の対峙を取り囲むような形になった。
「陛下!これが全てでございます!これ以上陛下に説明することはないでしょう!」
フィリップが陛下へそう告げると陛下は懐からある紙を出した。
「セドリック・ド・ホルタ、及びホルタ伯爵家の者を虚偽、脅迫の罪で捉える!」
「な、なぜです陛下!なぜフィリップではなく私なのですか!」
セドリックは真っ先に異議を唱えた。陛下に異を唱えるなど、本来であれば不敬である。
しかし、そのようなことで陛下は乱れることなく、平然と手元の紙を読み上げ始めた。
「『一週間先、卒業パーティーにてフィリップへの断罪を実行する。虚偽の証人は他に沢山用意している。カトリーヌはもしフィリップが異を唱えたときに証人となればいい。実行しなければ領地は取り上げる。覚悟しろ。』
この文をカトリーヌに送ったのは、他でもないセドリックしかいないであろう。この文が偽造でないことは今お前が身をもって証明した。それ以外の理由が必要か?」
陛下の他にも、参加している貴族たちが一斉に同じ内容の紙を取り出す。事前に紙は高位の貴族に配られていたようで、セドリックの行動と事前に配られていた紙の行動の一致は逃れようのない罪への証拠となる。
.....決定的だった。セドリックにはもう逃げ場がない。
「お、お前らが恋人ということにはどう説明するつもりだ!?」
「すべてお前を騙すために演じていただけだ。カトリーヌ嬢は私の恋人で無いことに加えて、まだカトリーヌ嬢は純潔だ。お前の言っていたことは虚偽でしかない。」
「カ、カトリーヌ!本当にいいのか!?」
「問題ありません。すべて、フィリップ様が解決してくださいました。私たち子爵家への領地配分、そして借金の全返済。フィリップ様と私は一切の関係を持っていませんし、恋人ですらありません。セドリック様が私にフィリップ様を押しかけろと命じた後には、もうフィリップ様に相談しておりましたので。」
セドリックは絶望した顔でカトリーヌを見る。
逆に、カトリーヌは汚物でも見るような冷たい瞳だった。
いままで、私を助けてくれていたセドリック。
しかし今では全て、フィリップを陥れるための行動だったと今更思う。一緒に解決した問題は逆にフィリップの問題を浮き彫りにし、私への嘘の好意は精神的に私を味方に引き入れるための行動だ。そんな行動を少しでも支えにしていた自分に腹が立つ。
さっきまで断罪者だったセドリックは、今では罪人である。
さっきまでの証人も、いまでは脅されたと叫んでいる。
「セドリック、最後に問う。言いたいことはあるか。」
フィリップがそう言うと、セドリックは顔を上げる。その目は憎悪の炎で満たされていた。
「ああ、完全に僕の負けだ。完敗だよ。
でも.....君の勝利に必要だったのはレティシア会長への裏切りが不可欠だったはずだ。君は僕への勝利のために、婚約者の信頼を犠牲にした。これは僕が負けるしかないさ。」
「.....連れていけ。」
フィリップがそう告げると、準備していたであろう兵士たちがセドリックを拘束し連れていく。しかし、完全に勝ったはずのフィリップは喜んではいなかった。
その様子を責めるように、セドリックは最後にこう叫んだ。
「フィリップ!お前は残虐で冷酷な奴だ!そんなお前にレティシア会長を愛する権利なんてない!!一生その罪は消えない!!」
こうしてセドリックは会場から連れ出された.....
いつの間にか、私の周りには人がいなくなりフィリップと一対一になっている。私は、フィリップに聞かなければいけないことが沢山あった。
「フィリップ、事情はわかったわ。」
「.....」
「どうして、私に言ってくれなかったの?
私だって力になれたかもしれないわ。なのに、なんで.....」
私は、裏切られた悲しみではなく、信じてもらえなかったことのほうがショックだった。
わかっているのだ、今回はセドリックを騙す他になかった。他の証拠では偽造や虚偽の恐れがある。今回の卒業パーティーでの証明こそ後腐れなく効率的であるということも。
「...もちろん、騙し続けるにはカトリーヌと俺以外の生徒に真実を伝えたくないという理由もある。しかし、俺はそれ以上に今回の断罪が失敗したときのことを考えていた。」
フィリップは私と向き合う。
訪問のときには見せなかった、澄み切った綺麗な紫だった。彼は、本当のことを言っているのだとわかる。
「もし今回の断罪が失敗すれば、俺は完全に地位を落としていた。それはカトリーヌも同じだ。お互いにセドリックを陥れようとしていたのだからな。セドリックは容赦なく協力したカトリーヌまで消していただろう。
だからこそ、レティシアを巻き込みたくなかった。レティシアなら一緒に協力して、解決しようと言ってくれていただろう。しかし、今回は俺かセドリック、どちらかに必ず断罪が下る。そこにレティシアを巻き込むべきではないと考えた。」
フィリップは私に真実を告白する。
その声は震えていて、さっきのセドリックとの応酬のときとはまるで違った。フィリップは私に罪を感じているのだろう。
しかし、私はまだフィリップを許せない。いや、理性ではわかっているのだ。私を守るための行動で、私もその状況なら同じことをしていたかもしれないということを。でも、私が抱えてきた苦悩をすべて消すことはできない。
「レティシア様....」
カトリーヌが私に声をかける。
今では彼女が耐えられないと言っていたのも理解できる。ただ、やり場のない怒りに、私はどうもできなかった。
「フィリップ様は、常に苦悩しておりました。レティシア様を裏切っていること、レティシア様の御尽力を無下にするようなことをしていること。元はと言えば私が弱みを握られてしまったことが原因です。なので、フィリップ様だけはお許しください....。」
カトリーヌは自分の罪を悔いている。私が罰を与えたところで、それは誰も得しない。許しはしないものの、彼女に話すことはなかった。
ただ、私はフィリップに聞かなければいけないことがある。
「フィリップ、本当にカトリーヌとは何もなかったの?」
周りには「それ?」という反応が漂う。
しかし、こっちにとっては真剣な話だ。さんざん悩んできて、全部嘘でしたで済む訳がない。私は、フィリップに怒っていた。
「....言っているであろう。カトリーヌとは一切の関係がない。」
「....だとしたら謝罪の言葉くらいないわけ?
全部論理的ですばらしい判断だと私も思うわ、でも私に対しての誠意がないのよ!」
フィリップが一瞬たじろぐが、フィリップからは思わぬ反論が飛んできた。
「.....レティシアこそ!セドリックとずっと仲良くしていたではないか!
俺は知っているぞ、今日のエスコートをセドリックにしてもらったと!」
私はカチンときた。陛下ご夫妻がいるというのに、私は勢いで声を荒げてしまう。
「.....フィリップが私に対して断るからでしょう!そもそも、先に浮気してたのはそっちだわ!」
「浮気ではない!俺はレティシアしか愛していない!」
「ああ、そうですか!愛してれば許されるんですか!じゃあ私も愛してます、これならいいってことよね!?」
「レティシアこそ誠意がないではないか!それに俺は散々言っていた、レティシアを愛することはできないと!そこでレティシアが諦めていれば俺も楽だった!」
「だったら婚約破棄してれば良かったじゃないの!」
「それはレティシアも同じだ!」
お互いにどんどんヒートアップしていく。
それを止めたのは、カトリーヌの言葉だった。
「お二人とも、陛下がご覧になっている前でみっともないです.....
お互い愛し合っていらっしゃるなら、フィリップ様は素直に謝罪を、レティシア様はフィリップ様への説明をすればいいのではないでしょうか。」
私たちはその言葉で冷静になる。
そう、そうだ。私はこの日を成功させるために苦労してきた。それを自分で台無しにしてどうする。フィリップに、この気持ちを伝えなくては。
「「レティシア」「フィリップ」」
互いに同じタイミングで口を開ける。言葉がぶつかり、また沈黙が流れる。
「....レティシア、悪かった。
俺はレティシアの気持ちも考えず、独りよがりな行動を取ってしまった。もし良ければ、レティシアの気持ちを教えてくれないか?」
「....フィリップ、私はずっと辛かったわ。
これまで一緒に過ごしてきて、信じていたあなたが裏切ったと思うと泣くことしかできなかった。でも今は、あなたが独りよがりでも私のために行動してくれたことがたまらなく嬉しい.....。過去の恨みは消えなくとも、あなたのことは愛しているわ。」
それを聞いたフィリップは、私を紫の瞳で見つめる。
その瞳は、以前の愛の籠った眼差しに戻っていた。
フィリップはその場にひざまずき、左手の親指の指輪を外す。
そのまま、私の指輪を掲げて、こう言った。
「俺は、レティシアを愛している。婚約ではなく、正式に結婚してくれ。」
フィリップは誠心誠意、私に向き合っている。
だからこそ、私もそれに答えなくてはいけない。
「......フィリップ、あなたのこと私は一生許さないわ。だから....一生かけて償ってちょうだい。」
私なりの、答えだった。
周りが一気に騒めく
女子生徒から人気であったフィリップのこのプロポーズは、女子生徒にショックを与え、男子生徒を安堵させる。
その騒めきに疲弊しつつも、その中にある確かな賞賛の声が聞こえてくる。
その声の主の多くは私が問題を解決した許嫁同士であり、恋人たちだ。無駄じゃなかった。そう思える。
私はフィリップから左手の薬指に指輪をはめてもらう。
その指輪の大きさに戸惑いつつも、確かにフィリップからの愛を感じる。
これにて、私たちは婚約破棄の風習を断ったのだった。
しかし、この後学園では婚約破棄でなく、プロポーズが風習になったそうだが。
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「では、誓いのキスを。」
神父に言われ、私とフィリップはキスをする。
....毎日のようにしているつもりだが、人前でするのは少し恥ずかしかった。
あれから三か月、今私たちは結婚式の真っ最中だ。
両家の当主や兄弟が来ているほか、学校で交流のあった生徒も呼んでいた。みんな会うたびおめでとうと声をかけてくれる。それがくすぐったくも、嬉しかった。
一通りのやることが終わり、私たちは来てくれた人たちに挨拶して回る。
当然、私はカトリーヌも呼んでいた。
「久しぶり、カトリーヌ。」
「レティシア様...そのドレスとってもお似合いです。」
私たちが仲直りするのに、時間は要らなかった。卒業パーティーが終わってすぐ私はカトリーヌに謝られたのだ。私が顔を上げてといっても聞かず、彼女の気持ちを赤裸々に語ってくれた。
「あれから、忙しくて会えなかったものね。また茶会にでもいらしてね。」
「私なんかが恐れ多いです...。それにフィリップ様との時間を邪魔するわけにはいきませんからね。」
私たちは話すことが多すぎた。
この三か月の出来事や、お互いにとって苦痛だったあの一年間のこと。それと、セドリックの処遇について。
「セドリック様の家は位を一つ下げられ、伯爵から子爵になったそうです。そして領地も大幅に没収されたとか。」
「私たちの苦悩を考えたら甘い気がするけど、そんなところかしら。」
「でも、セドリック様が家の跡継ぎになることはないでしょうね。本家から養子でも貰うらしいです。動機も家が敵対関係であったことだというので、侯爵家も許さないでしょうしホルタ家への当たりは強くなるでしょうね。」
セドリックはおそらく、私に少し気があった。
それを考えると、家が敵対関係であったことだけではなく、私の婚約者を蹴落とす意味合いもあったのではないだろうか。結局私はフィリップを愛しているし、そんな卑怯な真似をするクズ男とは一緒にいられないだろう。
「でも私、レティシア様が羨ましいです。」
「どうして?」
「あの時、フィリップ様は政争のためとはいえ私の家を救ってくださいました。その時は私にとって英雄のようで....。でもすぐ気付いたんです。フィリップ様がお慕いになっているのはレティシア様しかいないんだって。」
今、フィリップはフィリップで自分の友達のところへと行っている。
彼の周りにはいつもたくさんの人がいて、常に輝いているように見える。そんな人の愛を独り占めしていることに、幸福感を覚える。
「カトリーヌ、フィリップは渡さないけど、あなたは親友よ。いつでも訪ねてきてね。」
「はいっ!」
そうして、私たちの結婚式は終わり.......夜になった。
私とフィリップは寝室でワインを交わし、結婚式の余韻に浸っていた。
「今日は、周りの奴らから散々言われた。レティシアを大切にしろと。あれほどの美人で優秀な妻は他にいないってな。」
「私もいろんな人に言われたわ。どんなに浮気症でもあれほどの美男はそういないって。」
私が皮肉を交えてフィリップに言い返すと、彼は苦笑した。
「どうやら、誤解されているようだな。なんなら今から証明してもいい。」
「....どうやって?」
この後、私はフィリップの愛を全身で受け取ることになった。
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