わたしのための世界じゃなかったの?
ジャンルに悩みましたが、恋愛じゃない異世界の話となると、『現実世界でない』ハイファンタジーかなっと。
お楽しみいただければ幸いです。
「どうか、我が妃になってほしい」
「ずっとお慕いしていました。私の想いに応えてください」
「貴女の手をとる栄誉をいただきたい。生涯、お仕えし幸せにします」
三人の見目麗しい貴公子が一人の女性の前で跪いていた。周囲は固唾をのんで、求婚の成り行きを見守っている。
王立総合学園の卒業パーティーで突然起った断罪劇。
王太子であり第一王子エルランデルを始めとする高位貴族の令息が聖女と認定されたミカエラ・ベルマン男爵令嬢に危害を加えようとしたと、己の婚約者たちを糾弾した。
エルランデルの婚約者のマーリン・カルネウス侯爵令嬢は毒を盛ろうとし、宰相子息ブラント・クルームの婚約者エレーナ・バーリエル伯爵令嬢は階段からの突き落とし、近衛隊隊長子息ダリアン・ランツの婚約者レベッカ・リネー伯爵令嬢は暴漢に襲わせて人身売買組織に売ろうとした。
いずれも極悪非道の限りで、それぞれの婚約者はエルランデルの指示で護衛騎士に取り押さえられた。華やかなパーティードレス姿にもかかわらず、後ろ手で拘束され、膝をつかされるという屈辱的な姿で公衆の面前に晒されている。
貴族令嬢としてはこの上もなく無様で惨めだった。三人とも取り押さえられるまでは、派手に騒いで抵抗していた。
「婚約者に言いよるその女が悪いのよ!」
「聖女のくせに尻軽な売女を排除しようとして何が悪いの?」
「貴族の常識知らずなアバズレを調教してあげただけじゃない!」
エルランデルたちは嫌悪に顔を歪めて、罵る婚約者たちを冷ややかに見下した。
「ベルマン嬢は聖女のお役目で我らとご一緒していただけだ。何度も説明したのに、君たちは何を聞いていた?」
「はなはだしい曲解と被害妄想ですね。見苦しい事この上ない。なんて愚かな」
「全くの見当違いの嫉妬で聖女を害そうなどと、浅ましく心根が芯から腐っている。そんな貴様らと婚約していたなんて、私たちにとって最大の恥辱だな。家名に泥を塗る行為で、貴様らとの婚姻など百害あって一利なしだ」
「大いに同感だ。我が王家にこのような悪女を迎えるなんてとんでもない」
「クルーム家も同意します。彼女らとの婚約は破棄、いえ、白紙撤回で構わないでしょう」
荒々しく吐き捨てたダリアンの言葉にエルランデルもブラントも共感して大きく頷いた。醜く喚いていた令嬢たちは真っ青になった。
白紙撤回では婚約していた事実さえなくなる。全くの無関係、赤の他人だ。三人とも幼少期からの婚約で、一番短いエレーナでも10年も連れ添っていた相手なのに、一欠片の情さえ無にされたのだ。
「そ、そんな・・・」
「だって、貴方たちは聖女に侍って、わたくしたちを蔑ろにしたじゃない」
「貴方たちは不貞行為を働いたくせに、わたくしたちだけ、責めるの?」
目に涙を浮かべてレベッカが詰ると、はあっと大きくため息をつかれた。婚約者のダリアンが蔑みを隠す事なく彼女を睨んでいた。
「それが誤解だと何回も説明しただろう。聖女を守るために、我ら高位貴族が側にいたのだと。我らは学園での聖女の庇護者で、疚しいことは何一つない。神に誓って」
「ええ、その通りです」
「そのことは、私の護衛が証言したはずだが?」
王太子のエルランデルには学園内でも影ながら護衛がついていた。そのことは王太子妃教育を受けていたマーリンはもちろん、側近予定のブラントとダリアンの婚約者、エレーナとレベッカも承知している事実だ。
王立総合学園では貴族科と一般科、そして特待科がある。
身分によって所属棟が分かれていた。貴族は貴族科、富裕層の庶民は一般科、そして孤児院出身や後ろ盾がない庶民でも成績優秀者ならば学費などが免除される特待科だ。当然、学ぶ内容もそれぞれ異なるが、所属科以外の講義も申請すれば受講可能だった。
裕福な商人の娘が男爵家と婚約すれば貴族科の礼儀作法コースを受講できたし、貴族科の学生が専門分野の詳しい内容を学びたいと特待科の研究コースに参加するのは可能だった。平民でも体力・腕力に自信がある者は貴族科の騎士コースに進んで騎士団から勧誘されたりと、幅広く有能な人材を育成する目的が学園にはあった。
だから、商人の娘のミカエラが一般科の課外授業中に魔獣に襲われて、癒しの力を発揮して聖女認定された後に、貴族科に編入しても問題はなかった。
ミカエラは手足の欠損さえ治せるほど強力な癒しの力を欲した輩に利用されるのを防ぐため、国家主導で男爵家の養女となり、貴族科で保護されることになった。聖女の務めの傍ら、エルランデルらが付き添ったのは護衛のためだ。高位貴族令息の彼らがミカエラの盾になれば、学園内での脅威はなかろうと判断されたのに、よりにもよってその婚約者が危害を加えるだなんて予想外だった。
いきなり、貴族令嬢になったミカエラは当初は立ち居振る舞いなど壊滅的だった。特に異性、それも婚約者のいる相手と馴れ馴れしくしてはいけないと言われても、友人と接する距離感ではダメなのか、と頭を悩ませていたが、貴族科に慣れてくると次第に態度は改まっていった。
エルランデルらが側にいて少しずつ貴族令嬢と交流も重ねて、貴族の生活に馴染んでいた。しかし、それに待ったをかけたのが、マーリンたちだ。
ミカエラは男爵令嬢の身分だから貴族令嬢として及第点ならば問題ないとされたのだが、何かと聖女なのだからもっと気品を保てとか、聖女のくせに高貴な仕草ができなくてどうする、とひどく厳しい目を向けていた。
ミカエラは聖女の務めで忙しい合間にも貴族科の授業に懸命に追いつこうと努力していて、それは講師陣にも認められていた。しかし、マーリンたちはあくまで自分たちと同レベル--高位貴族令嬢並みの礼儀作法や立ち居振る舞いを強要した。
聖女なのだから、王太子らが侍っているのだから、彼らの恥になるな、と。
マーリンたちの忠告や苦言は次第にイビリ倒しの様相を見せ、ついには誰もが虐めだと思うほど苛烈なものになった。婚約者たちがいくら言い聞かせても耳を貸さず、マーリンたちとエルランデルら婚約者の間には亀裂が入った。学園側からも話し合いの場を設けるなどして改善を図ったが、彼女らは嫉妬のあまり撥ねつけるだけだ。
ミカエラを庇うように常にエルランデルたちや貴族令嬢が聖女の側に侍るようになり、マーリンたちは孤立していった。
そんな婚約者の目を覚まさせようと、エルランデルたちは婚約者との付き合いを制限するようになった。
交流目的のお茶会やお出かけを中止したり、パーティーなどのエスコートを控えたり、誕生日プレゼントなども態度を改めない限りは贈らないと公言した。
しかし、マーリンたちの態度は改まるどころかますます過激になり、とうとう事件が起こった。幸いにも、いずれの時もエルランデルらが近くにいて応急処置で事なきを得たのだが、マーリンたちの所業はもう見逃せない。
高位貴族の権力で逃れられないようにするため、彼女たちは卒業パーティーという公の場で断罪されたのだ。
卒業パーティーには卒業生の身内も招かれている。
マーリンらの親兄弟も娘の晴れ舞台を楽しみに参加していた。突然の断罪でも立派な証拠や証言を提示されて反論のしようもなく、悲哀に満ちた目で愚かな娘の行く末を見届けるしかなかった。
当然、エルランデルの親として国王夫妻も同席している。三家を代表して、マーリンの父・カルネウス侯爵が国王の前に進みでると跪いた。
「陛下、娘のしでかした事にはお詫びのしようもございません。爵位返上、領地返還で貴族籍から一族郎党抜けます。全財産も国庫に収めますので、どうか娘の命ばかりをご容赦を」
続いてバーリエル家とリネー家の当主も申し出る。
「娘の教育を失敗した責をとります。娘と同じ罰を我らにもお与えください」
「我が家も全て王家にお返しします。罪人としての裁きを受けます」
三家の当主が悲壮な決意を述べるが、国王は鷹揚に首を振った。
「そなたらの決意は立派だが、三家の一族郎党まで処分したら国には大打撃だ。彼女らの罪は確かに大罪だが、親として厳しく諌めていたことは報告を受けている。それを聞かなかった彼女らに非がある。処分は当事者だけにする。家まで処分するつもりはない」
「寛大な陛下の御心には感謝しかありません。ですが、親としての責任は確かにあるのです。お咎めなしはあり得ません」
「それでは、当主交代で領地にて蟄居してもらおう。いずれ、そなたらの力が必要になるまでは。償いたいというならば、処分されて終わりではなく、国に尽くして貢献してくれることを願おう」
三家の当主とその家族は深く礼をして国王の言葉を受け入れた。
マーリンらは茫然自失としている間に捕えられ、罪人として処罰を与えられることになった。
三人とも罪人の焼印を身体に押され、着の身着のまま国外追放だ。パーティー後すぐに刑を執行されると国王に宣言されて、三人とも髪を振り乱し、ドレスもしわくちゃなまま深く項垂れた。もう抗議する気力もないようだ。
その前に、ブラントの宣言通り、彼らの婚約は白紙撤回だと陛下からのお墨付きが与えられた。
そして、冒頭の告白シーンに繋がるのである。
ミカエラは赤くなって狼狽えていた。
「そんな、皆様のお言葉はとても嬉しいのですが・・・。婚約者がした事の責任を感じておられるならば、おやめください。皆様には非がありません」
「そうではない。ずっと、慣れない貴族生活に馴染もうとし、聖女の役割も果たそうとする姿に感銘を受けていた。貴女ほど我が妃にふさわしい女性はいない」
「貴女の努力には頭がさがります。そんな賢明な貴女には将来宰相の座に就く私の支えとなってもらいたのです」
「聖女の務めと王太子妃や侯爵夫人の両立は厳しいだろう。我が家は伯爵家で聖女の務め優先で構わない。貴女を支えて、守らせてもらいたいのだ」
エルランデルもブラントもダリアンも熱を孕んだ目でミカエラを見あげていた。恋する男の眼差しが外野にも伝わって痛いくらいの熱量だ。
ミカエラは困り果てて俯いていた。
商人の娘だった彼女は学園の付き合いでよいご縁があれば、と婚約者はいなかった。それが、癒しの力に目覚め、聖女認定されてからは聖女と貴族令嬢と二つの役割に馴染もうと励んでいて恋愛のれの字もなかった。エルランデルらが付き添ってくれているのは庇護するためとわかっていたから、友人として親しくしていた。婚約者の仕打ちに責任を感じて、優しくしてくれたのだと思っていたのだ。
「エルランデル様もブラント様もダリアン様も、皆様、とても素敵な方です。きっと、わたしなどよりもふさわしい方がおります」
「私は貴女がよいのだ」
「ええ、そうです。貴女以上にふさわしい女性なんていません」
「ぜひとも、貴女がほしいのだ」
三人の貴公子に情熱的に口説かれて、ミカエラはもう恥ずかしくていたたまれなかった。
誰か一人しか選べないのに、公衆の面前での公開告白とか。選ばれなかった二人はどうなるのか?
国王がここで口を挟んできた。
「聖女よ、そなたが誰を選ぼうと我が国の民は全員祝辞を述べる。身分など気にすることはない。そなたが添い遂げたいと思う相手を選べばよい。
エルランデルが王太子だからと選ばねばならないなどと、気兼ねすることはないのだ。そなたの思うままにせよ」
「陛下、圧力をかけないでください」
エルランデルが嫌そうな顔をして父親を咎めた。
ブラントとダリアンは期待のこもった目でミカエラを見つめている。
「その、わたしは・・・」
「何も、その三人に限ることはないんじゃないかな?」
第三者の声が割って入り、全員の視線がそちらに注がれた。
黒髪に青の瞳の端正な貴公子だ。にこやかな笑みでミカエラと求婚者たちの間に滑りこんできた。
「国王陛下のお墨付きだ。貴女が思うようにしていい、と。
私は隣国の貧乏伯爵家の三男坊だが、貴女を思う気持ちは彼らに負けないと自負している。どうか、私も考慮してもらえないだろうか?」
「アレリード様・・・」
ミカエラは真っ赤になった頬に手をあてて、熱で潤む眼差しを注いだ。
アレリードは隣国からの留学生だ。神官が身内にいるので、ミカエラが聖女の振る舞い方に迷っていた時には助言してくれたりした友人だった。控えめな交流で、決して押し付けがましくはなく、エルランデルらともよき隣人の関係を築いていた。
「アレリード、我が国から聖女を奪い取る気かい?」
エルランデルがいささか険を含んだ声をあげると、アレリードが目を丸くした。
「殿下。まさか、聖女だから、ミカエラ嬢に求婚したのですか?
それは彼女に失礼ではないですか。私は聖女であろうとなかろうと、彼女を好ましく思っておりましたよ」
「そういうわけでは・・・」
「エルランデル、そなたは女心がわかっておらぬな。そなたの物言いではそう受け止められてもしかたがないぞ?」
「しかし、ちちう、いえ、陛下。ミカエラ嬢が彼を選んだら・・・」
「それはそれで構わぬ。神も力をお与えになった聖女の幸せを何よりも望まれているのだから」
「その通りですじゃ」
錫杖で老体を支えた神殿長が会話に加わってきた。ミカエラを祝うために神殿から駆けつけたのだ。
豊かな白い頭髪と髭を蓄えた神殿長は引退間近の身だったが、この卒業パーティーには最後のお勤めで参加していた。
「さあ、聖女ミカエラよ。誰を選ぶのじゃ? わしに祝福させておくれ」
「神殿長様、わたしは・・・」
ミカエラは周囲をぐるりと見渡し、一瞬だけある人物と目があったが、手を差しだすアレリードへ微笑みかけた。
「お許し願えるならば、アレリード様と添い遂げたいと思います」
「そうか・・・」
「しかたがないですね。諦めましょう」
「お幸せに。おめでとう」
フラれた三人が潔く身をひき、アレリードがミカエラの手をとると、わあっと歓声があがった。誰もがこの結末を見守り、祝福してくれた。
トールは拍手しながら、落胆を隠しきれなかった。最後に目があった幼なじみがもしや昔の約束を思いだしてくれたのかと期待したのだが、やはり自分が選ばれるわけがなかった。
トールとミカエラは親同士が友人で幼い頃はよく一緒に遊んだ仲だ。それこそ、ミカエラは大きくなったらお嫁さんになると約束してくれるほどだった。
しかし、成長して同性の友人ができると交流が減り、学園で再会しても以前のような親密さはなかった。それでも、一般科で学んでいた時は友人として接していられた。ミカエラが聖女になってしまってからは話す機会もなくなり、手の届かない相手になってしまったが、トールは友人としてミカエラを気遣っていた。
彼女が貴族令嬢の中で浮きそうになると、さり気なく聖女の務めは大変だ、聖女として庶民にも恩恵を与えてくれている、貴族令嬢の慈善活動と同じ事をもっと規模を大きくしてやっているのだと、ミカエラの手柄を吹聴した。その甲斐あって、マーリンたち以外の令嬢には受け入れてもらえて、エルランデルたちが庇護者の立ち位置だと理解された。
トールはそれをミカエラには伝えなかったが、彼女にはわかっていたようで、今日のパーティー会場の入場前に出会した時に礼を言われた。
思わず、トールは「昔の約束を覚えていないかい?」と声をかけてしまったのだがーー
「え?」と目を見開いて、困惑顔の幼なじみは覚えていなかった。残念だが、しかたがない。あれから、10年も経っているのだから。
いくら、トールが攻略対象でも、選ばれるわけがなかった。
トールは苦い笑みを浮かべて、幸せの絶頂にいる幼なじみの姿を最後に視界に収めると踵を返した。そっと誰にも知られずにその場から立ち去った。
(やったあ、これで続編も攻略できる!)
ミカエラは内心では小躍りしたい気分だった。逆ハールートで隠しキャラからの告白を受けたのだ。
ミカエラは癒しの力に目覚めると同時に前世を思いだした。この世界は『君だけを思う世界』という乙女ゲームの舞台で、彼女はヒロインだった。
エルランデルにブラントにダリアン、そして幼なじみのトール。この四人を攻略して四人にOKしなければ隠しキャラのアレリードから告白される。
アレリードはゲームのお助けキャラだ。聖女の務めをサポートしつつ、友人として攻略キャラたちの情報提供してくれる。しかし、その正体は実は隣国の第五皇子。母が平民なため継承権は低いが、王族待遇は得られる。最初から登場しているのに、隠しキャラ? と思ったが、逆ハールートでないと、ただの友人で終わってしまう。アレリードと結ばれるのは逆ハールートしかない。
実は続編はアレリードの人気が高いため、作られたと噂されている。
今から数年後の隣国が舞台でアレリードも最初から攻略対象だ。婚約者を亡くし、失意の中、教師としてヒロインに関わってくるちょっとダークな年上キャラ。
ミカエラは前世の記憶が蘇ると、慎重に学園の様子を探った。
(ヒロインに転生したからって、この世界がわたしのためにあるとは限らないわよね)
ミカエラは脳内お花畑のヒロインで自滅はしたくなかったし、悪役令嬢が転生者で逆ヒロイン化し、ざまぁされるのもご免だった。
とりあえず、ゲーム通りの行動をとると、不審な点は見つからなかった。本当にゲーム通りの展開になり、イベントはさくさくとこなして楽勝だった。シナリオ通りに危害を加えられそうになると怖かったが、助けが入るのはわかっていたから避けようとは思わなかった。
前世を思いだす前のミカエラはトールが好きで、トールルートはほぼ攻略状態だ。後は時折熱い視線を交わして物憂げな様子を見せれば、彼は勝手に忖度して動いてくれる。
パーティー前に告白に結びつくフラグが立ったので、『よっしゃあ! 逆ハールートコンプリートだ』と気合を入れた。『約束』に頷いてしまったら、トールルートのエンディングを迎えてしまう。だから、覚えがないフリをして躱した。
エルランデルら三人に告白されても選ばなければ、隠しキャラのアレリードの登場だ。
ミカエラは思い通りの結末になって、内心でガッツポーズだ。
後はアレリードと隣国に着いたら、実は第五皇子だったと事実を知らされる。皇子とは名ばかりの皇族だけど、と言われて、ゲームではそれでも彼と添い遂げてハッピーエンドだ。エンディングのスチルはアレリードの手をとる場面で終わり、字幕でそう告げられていた。
しかし、ミカエラは最後までゲーム通りにするつもりはない。
皇族と打ち明けられたら、恐れ多いと婚約を辞退して、隣国の聖女として生きるのだ。隣国に移住するからには隣国の文化や常識などを学びたいと最高学府に入学を希望する。きっと、神殿が後ろ盾について望みを叶えてくれるはずだ。
--この世界はヒロインのためにあるのだから。神殿長だって、聖女の幸せを神が望んでいると肯定していた。
続編のヒロインも聖女の力に目覚めての入学だが、まだ間がある。ヒロインの覚醒を邪魔すれば、ミカエラが続編のヒロインに成り代わってもOKだろう。なにしろ、ゲームと違って現実世界にリセットはないのだから。
続編に出てくるアレリードの従兄弟で公爵令息のほうがミカエラには好みだった。彼女のほうが若干年上になるが、この世界はゲーム通りに進む世界なのだから、ゲーム知識で無双すれば必ず落とせる。
ミカエラがるんるん気分でアレリードに微笑みかけると、彼は目を瞬かせてからふっと仄暗い皮肉な笑みを浮かべた。
(あれ? この頃はまだダークサイドに落ちてないはずだけど・・・)
ミカエラが首を傾げると、シャララランと神殿長が錫杖を打ち鳴らした。
「皆のもの、静粛に。たった今、神のお声が、ご神託が下された」
「へっ?」
ミカエラは慌てて口を押さえた。記憶にない展開でつい間抜けな声がでたが、素をだすのはマズい。
まだ、ゲームのヒロイン通りの猫を被っていなければーー
「この国での、オトメげえむはえんでぃんぐを迎えた。げえむの強制力は終了じゃ。攻略対象者たちよ、大義であった」
「はっ?」
「マーリン!」
「エレーナ!」
「レベッカ!」
間抜けな声をあげるミカエラをよそに求婚していた三人の貴公子が弾かれたように走りだした。向かうは罪人として捕らえられている元婚約者のところだ。
三人とも護衛騎士を押し退けて元婚約者をひしっと腕にかき抱いた。
「すまない、マーリン。辛い思いをさせた」
「怪我は? 痛むところはないですか? ああ、申し訳ない。貴女がいるのに、あんな不誠実な真似を・・・」
「ごめん。謝っても許されることではないが、本当にすまなかった。君を傷つけるつもりはなかったのに」
「いいえ。謝らないで。しかたのないことだとわかっているから」
「大丈夫よ。女性騎士だから、ちゃんと手加減してくださったわ」
「貴方が選ばれなくてよかった。・・・わたくし、貴方でなければダメなの」
それぞれが涙ぐむ令嬢を熱い眼差しで見つめ、大切そうに触れている。罪人として裁かれる相手に何をしているのか、ミカエラには理解不能だった。
「へー、これが強制力ってやつの反動かあ。意に沿わない行動をとらされた分、愛情が深まっているのかな。すごいね、君は彼らの愛の女神だね」
「あ、あれりーど様?」
呆然とするミカエラにアレリードがふふっと黒い笑みを浮かべた。
「君の望み通りの展開だろう?
神は君の幸せのために望みを叶えてくださったんだ。私は求婚するつもりなんかなかったのに、勝手に身体が動くとか。貴重な体験だ。面白かったよ」
「え・・・」
「ああ、君にはえんでぃんぐまでは知らせない事になってたんだっけ」
何がなんだかわからなくて惚けるミカエラのもとへ神殿長が近づいてきた。
「聖女よ。げえむくりあ、おめでとう。神もお喜びじゃ。今後は隣国で幸せになるのじゃぞ」
「し、神殿長様! どういう事ですか!」
悲鳴のように叫ぶ聖女を神殿長は訝しんだ。
「どうしたのじゃ? 今度の聖女はオトメげえむの主人公じゃと神よりお告げがあった。そこで、攻略対象者たちに注意喚起し、舞台となる学園関係者にも根回ししておいたのじゃが、何か不備でもあったかのう?」
「な、何かって・・・」
ミカエラは絶句した。
攻略対象者たちはエンディングを迎えた後は自由にしてもよいとお告げを受けて、エンディングまでは強制的言動に耐えていたと知らされた。
あんなに情熱的な求婚も熱い眼差しも彼らの本意ではなく、神に勝手に操られていた。彼らの心はなく、ただミカエラに恋しているように演じていただけ。
ゲーム通りになると思っていたら、神が強制力を働かせていたなんて。しかも、攻略対象者たちの気持ちは完全無視。
ミカエラが信じられない思いでアレリードを見つめると、彼は不思議そうな顔になった。
「ああ、私も一緒だよ。でも、満足でしょう? 望み通りの結末になって。
強制力で動かされたけど、君に求婚したのは事実だからね。婚約者にしてあげるよ、聖女の力は本物だし」
「・・・強制力でって、どういうこと?」
「神のお力じゃ」
説明してくれたのは神殿長だった。
悲惨な生い立ちで凄惨な末期を迎えた魂は傷がつき、恨みつらみの怨念をまとった呪いの塊になる。輪廻回生で浄化された他の無垢な魂さえ汚してしまうので、傷ついた魂は修復のため、別世界に転生させてできるだけ幸福な人生を歩んでもらうのだ。
その際、魂の傷ついた部分が前世の記憶を保持しているので、転生者は記憶持ちが多い。転生者の望む幸せの形を神が強制的に叶えて傷の修復を施す。
ミカエラの前世は不幸だったらしく、楽しい記憶は乙女ゲームのみだった。幸せの形は人それぞれだが、ミカエラは乙女ゲームの世界を望んだ。
ミカエラの望む乙女ゲームに似た世界を選び、転生の瞬間に微調整で辻褄合わせを行う。ミカエラの記憶に訂正をかけ、現実世界を『君だけを思う世界』だと思い込ませる。乙女ゲームだと思った学園は神により整えられた箱庭だった。
「修復が済めば神の介入はなくなるのじゃ。神もそう一人の人間にだけ構うわけにはいかなくてのう。そなたの望む幸せはオトメげえむのえんでぃんぐを無事迎える事じゃった。よかったのう、願い通りになって」
「そ、そんな・・・」
ミカエラは呆然となった。だが、神殿長の説明には思いあたる節があった。
前世の記憶は乙女ゲームしかない。自身の名前は疎か、住まいや家族構成など、全てモヤに包まれた曖昧な記憶だ。それを今までおかしいと感じた事はなかった。しかし、前世が悲惨なものだったなら、覚えていないのは自己防衛だったのだろう。
そんなミカエラをアレリードがおかしそうに見やった。
「本当によかったねえ。この世界の人生で不幸を感じた事あった? ないよね? 学園で君は満足のいく生活をおくれたんだ。神に感謝しないとだね」
「なっ・・・」
ミカエラは口を大きく開けたが、まともな言葉にはならなかった。
確かにこれまでは不幸な目にはあわなかった。
平民でも富裕層の生まれだし、男爵令嬢になってからも義父母も使用人も皆優しかった。学園だって、敵意を向けてきたのはマーリンたちだけだ。イケメンの攻略対象者たちにチヤホヤされ、聖女として崇め奉られ、信者から敬愛と尊敬の念を向けられた。多幸感に溢れた学生生活を送り、断罪劇もやり遂げた充実感と達成感に満たされていた。
「もう十分じゃろうて。そなたの願い通りの幸せを手に入れ、魂の傷もふさがった。攻略対象者たちには彼らの人生を歩ませておやりなさい」
神殿長が慈愛に満ちた笑みを浮かべるが、ミカエラには冗談ではなかった。
「こんな騙し討ちみたいなやり方で、幸せになったとか! 嘘でしょう?
大体、悪役令嬢たちがわたしに働いた悪事は本当じゃない。下手をすれば、死んだかもしれない仕打ちをされたのに、強制力での演技だったから許すとか信じられない!」
「それは貴様が望んだからだろう」
ミカエラが極寒さを感じる声音に振り向けば、エルランデルが憎々しげに睨んできた。
「貴女はただ恋愛遊戯を楽しみたかったのでしょう。オトメげえむはそういう物だと聞いてます」
「貴族令嬢ではとても考えつかない下劣で悍ましい悪事をよくも思いついたものだ。それを強制力で行なわされたレベッカたちの苦悩を知りもしないで・・・」
ブラントもダリアンも憎悪さえこもった視線を浴びせてきて、ミカエラは血の気がひいた。
涙ぐむ婚約者を大事に抱き抱えた彼らから殺人光線を浴びせられ、周囲を見渡すと呆れたような眼差しや冷笑に出会った。
これまで、温かく見守っていた周囲の反応とは雲泥の差だ。
「婚約者がいるのに、不本意な言動をとらされた殿下方がお気の毒だった」
「やりたくもない悪女の役目を背負わされたマーリン様たちもお可哀想だったわ」
「エレーナ様なんて、強制力が切れた途端、突き落とすなんて殺人行為だと取り乱されて・・・」
「見ていられなかったわ。自死するんじゃないかと思うくらい憔悴なされてしまって」
「それをご自分が望んだくせに、げえむ終了しても満足してないとか。酷い方ね」
「こんな人が聖女だなんて・・・」
ヒソヒソと嫌悪を込めた囁きが広がっていく。
「聖女よ。そなたの願いを叶えるために協力せよ、と神からのお告げがあったのだ。我らは神には逆らえん。神のお力を分け与えられたそなたを粗末にするなどあり得ぬ。そなたが『誰を選ぼうと祝辞を述べる』と言うたであろう?」
「ええ、本当におめでたい事だわ。隣国でお幸せになってね」
国王も王妃も目だけ笑っていない笑みで言祝ぎしてくる。心は全然こもっていない祝福だ。神の強制力に付き合わされただけで、誰もが心の中では不平不満を燻らせていたのだと嫌でも察せられた。
ミカエラは蒼白になってふらついた。その身体をアレリードが支えてくれる。
「こうなると、婚約者のいない私を選んだのは正解だね。殿下とじゃ、白い結婚でお飾りの妻にされただろうし。いや、彼以外でもそうなるな。
攻略対象者たちはもともと婚約者とは良好な関係だったのだから、そこに割り込むとか。君は聖女としては申し分なくても、淑女としてはちょっと、ねえ?
もう、君はこの国にはいられないだろう」
「アレリード様、聖女をよろしくお願いします。どうやら、貴方の母国でも神託が降りたそうじゃ。もう、この国は無関係じゃから、わしには詳細はわからんが」
「へー、今度は我が国でオトメげえむが始まるのかな? どうやら、退屈だけはしないですむね。私は大歓迎だよ」
ミカエラは遠のく意識の片隅でアレリードと神殿長の会話を耳にし、続編のヒロインを排除するのは無理だと悟った。
続編でアレリードの婚約者は亡くなっていた。婚約者の詳しい記述はなく、特定できる手がかりはなかったが、乙女ゲームの世界通りに強制力が働くなら、アレリードの婚約者になった時点でバッドエンドだ。そうなれば、彼女に生存の道はない。
この国での乙女ゲームは終了したが、ミカエラの人生はまだ続くのだ。続編のアレリードの亡き婚約者になるのはなんとしても避けねばならない。乙女ゲームのヒロインだ、ゲーム通りのイージーモード人生だなんて、楽観的になっている場合ではなかった。
トールを選んでいれば、可もなく不可もない平凡でも幸せな生活をおくれたのに・・・。
(この世界はヒロインのためにあるのではなかったの?)
fin.
お読みいただきありがとうございます。
面白かったら、評価していただけると嬉しいです。
エンディング後は強制力が切れるので、乙女ゲーム満喫していたミカエラは現実に直面して足掻いていきます。ハッピーエンドかバッドエンドかはこれからの彼女次第。