悪役令嬢の断罪③
この場には、ジュリアの短剣が2本ある。
生徒会室でジュリアが騎士団の取り調べを受けた日、ジュリアは帰宅してすぐに短剣の所在を確認した。
予想通り、ストックとして別の場所に保管していた2本のうちの1本が無くなっており、オーランドが短剣を盗んだ証左だと思われた。
ーーー家から無くなった短剣は1本のはず。ならばあの短剣はどこから…。
あの短剣を最後に使ったのはいつだったか?
ジュリアは物凄いスピードで過去の記憶を掘り起こしていく。
そして、以前起きたある出来事に思い至る。
それはユノアルドで過ごしたあの夜。
ジュリアが誘拐された日のことだ。
あの日、ジュリアは短剣を使って縛られている縄を切った。
そして逃げ出した後に犯人の男に捕まった際、その短剣を落としてしまったのだ。
ジュリアは助けられてからすぐに眠ってしまったので、短剣をすぐに探さなかった。
次の日に短剣を探すようアリアスにお願いしたが、結局短剣は見つからなかった。
ーーーもしや、あの短剣がここに…?
あの事件は、バルディス王家を憎むランサーラントの人間が起こした事件だった。
捕まった犯人達は、全員ランサーラントへ連行されたはずだ。
全く関係ないと思われた事件で失ったものが、なぜ今目の前にあるのか?
ジュリアは困惑していた。
もしかしたら自分は、もっと大きなものの渦の中にいるのかもしれない、と思った。
「そしてジュリア様は『でも直接殺すことはしない。自分の手が汚れるのは嫌だから』と言って、このナイフを投げ捨てて去っていったのです!」
キャンディは再び祈るようなポーズを取り、今度はその桃色の瞳を潤ませ上目遣いにスタンリーを見上げる。
「これで、告発は以上です。」
キャンディがそう言うと、会場はシーン…と静まり返る。
ジュリアはまだ微動だにしない。
ジュリアの目の端で父が怒りで震えているが、ジュリアの願い通りに声を上げたい気持ちを何とか抑えているようだ。
ケネスも不安げにジュリアの様子をチラチラと見ている。
母の顔色は、青を通り越して真っ白だ。
「………確かな証言!確かな物証!そして以前から恨みを抱いていたという動機!ここまで揃っているのに、これ以上議論する余地がありますでしょうか?!」
イートンの権高な声が静まり返った会場を切り裂く。
「近衛!ジュリア・クラウンベルツを拘束しろ!」
イートンがそう言って右手を上げた瞬間。
会場を囲んでいた近衛騎士達が一斉に前に出る。
キャンディは顔を手で覆ったが、その奥の顔は満面の笑みだ。
ジュリアの父とケネスは、ジュリアを守るようにしてジュリアの前に立つ。
スタンリーは無言のまま、後方を見つめている。
「待て!!」
その時、イートンのものより一層大きな声が会場に響き渡る。
聞き覚えのあるその声に、近衛騎士達は足を止める。
会場の全員が声のした後方へ目を向ける。
そこには、多数の騎士団員を従えた騎士団長グレゴリオ・トリスタンが立っている。
「…だ、団長…、なぜ…。」
先ほどまで意気揚々としていたイートンは、グレゴリオの顔を見て狼狽している。
「イートン。お前は…またアリバイも調べずに人を犯人扱いするのか?」
グレゴリオは呆れたと言わんばかりに肩をすくめるが、その赤い眼の奥には確かに怒りが滲んでいる。
「……は…?アリバイとは。」
「そこのお嬢さんが誘拐された日に、ジュリア嬢が現場に現れたという証言に対するアリバイだよ。なぜ証言が真実だと最初から決めつけるのだ?」
グレゴリオは腕を組み、イートンを真っ直ぐ見据えている。
「そう…まるでそれが真実でないと困るみたいだな?」
グレゴリオの鋭い眼光に貫かれ、イートンは肩をビクッと大きく揺らす。
「…ジュリアのアリバイなら俺達が証明しよう。」
その時、グレゴリオの後ろからまた別の声が上がる。
グレゴリオと騎士団員達の間から、3人の人物が姿を現す。
そこから現れたのは、アリアス・ユノアルド、イグニス・ユノアルド、ランドール・ド・マルシュだった。
「あの夜会の日、俺とイグニスとジュリアは夜会を欠席した。そして、一緒にユノアルド邸で過ごしていたんだ。」
アリアスがそう言うと、イグニスが頷く。
顔を覆っていた手を外したキャンディは、もはや取り繕う間もなく歪んだ表情を晒している。
「僕も証言できるよ。夜会に出てユノアルドの邸に戻ったら、ジュリアがいた。キャンディ嬢がジュリアと会っていたって主張する時間には、僕がジュリアに膝枕してもらってたはずなんだけどなぁ。」
ランドールがニヤリと笑うと、スタンリーはほんの一瞬眉を顰める。
「ちなみにユノアルド邸からの帰りに現場に寄ったという主張も通じないぞ。なぜなら、俺がクラウンベルツ邸まで送り届けたからな。」
アリアスの言葉に、キャンディは一層悔しそうに顔を顰める。
「…だってよぉ。イートン。何か言うことはあるか?」
グレゴリオが再び視線をイートンに移すと、イートンは青い顔で俯いて震えている。
「イートン。ところで…未解決の事件の証拠品は通常騎士団の保管庫に保管されてるはずなんだが…。なぜあの短剣をあのお嬢さんが持っているのかな?」
グレゴリオの声に鋭さが一層増すと、イートンはそのまま床に崩れ落ちる。
「どうやら色々聞かなきゃいけない事情があるみたいだな?………連れて行け。」
グレゴリオが手をサッと上げると、近衛騎士が2人イートンに近づき、腕を抱えて会場の外へ連れて行った。
イートンを連行する近衛騎士達の後ろ姿を見送ってから、スタンリーはおもむろに口を開く。
「さて、キャンディ・ララベル嬢。君が先ほど告白した新たな事実についてだけど。どうやらその日のその時間、ジュリア嬢が君のもとに向かうのは無理だったみたいだ。どうして、こんな齟齬が起きるんだろうね?」
スタンリーの口調は穏やかだが、その瞳は驚くほど冷たい。
「あ…いえ、でも確かに…。あ、そうだ!ジュリア様とアリアス様達は仲がいいんですよね?!口裏を合わせてるんじゃないですか!私の方にはちゃんと目撃者もいます!嘘をついているのは、あちらの方です!!」
キャンディは早口で捲し立てる。
ーーーアリアス様達を糾弾するのは心苦しいけど、とにかく今は私の主張を信じてもらう方が先よ!
運命の相手のスタンリーならば自分の味方をしてくれるはず、とキャンディは思った。
「…口裏も何も、俺達はさっき初めてその令嬢の言う『新たな事実』とやらを聞いたんだ。口裏を合わせる暇もなかったはずだろ?それにそんなに裏を取りたいなら、今すぐユノアルド邸に馬を走らせて使用人達に聞いてみるといい。クラウンベルツ邸でもいいぞ。皆、きっと同じように証言するはずだ。」
アリアスが落ち着いた口調で反論すると、キャンディはクッ、と下唇を噛む。
「…そう。近衛、早馬を走らせてくれる?ユノアルド邸と…クラウンベルツ邸に。」
スタンリーがサッと手を上げて指示を出すと、キャンディが何かを思いついたようにパッと顔を上げる。
「あ…これ!このナイフ!これが証拠です!本人が持ってこないとこんなの手に入らないでしょ?!」
短剣を手にしたままキャンディが階段を登ろうとするのを、騎士団員が制止する。
「ちょっとぉ!邪魔よ、じゃま!!これをスタンリー様に持っていくんだからぁ!!」
キャンディは暴れ出し、騎士団員に取り押さえられる。
床に取り押さえられたキャンディを見て、取り巻きの男達がキャンディを救おうと一斉に動き出し、全員が騎士団員に拘束される。
「…許可されていない刃物を持って王族に近づくだけで重罪になることすら知らんのか。」
グレゴリオが呟く。
「…恐れながら、発言してもよろしいでしょうか。」
ここまで沈黙を保っていたジュリアが一歩前へ進み出る。
会場の視線がジュリアへ集まる。
キャンディは取り押さえられたまま、鬼のような形相でジュリアの方に顔を向ける。
「2本目の…短剣についてです。」
次で断罪編は完結予定です。
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