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隣国第三王子ランドール・ド・マルシュ②

クラウンベルツ邸の玄関から出てきたジュリアを見て、ランドールは目を瞠った。

今日のジュリアは髪を下ろしており、その真っ直ぐな金髪はまるで高級な絹糸のように滑らかだ。

スモークピンクのシンプルなワンピースは、袖や裾から伸びる白い手足によく映える。


「ジュリア…今日もすごく可愛い。」


思わず心からの声が漏れる。


「…ありがとう。」


ーーーいつもの軽口だと思っているのだろうな。


いつもと同じ表情を崩さないジュリアは、褒められた事を微塵も喜んでいないようだ。

年頃の少女であれば、世辞だと分かっていても多少は照れたり喜んだりするものだが、ジュリアにはそういうところが一切ないのである。



馬車に乗り、ジュリアに行きたい場所を聞いてみると、植物園に行きたいと言う。

何でも、そこでしか見られない植物があるそうだ。

その花について語るジュリアはとても無邪気で、年相応の少女に見える。

いつもの隙のないジュリアも良いが、そういう無防備なジュリアも堪らないな、とランドールは思う。


植物園に着きまず目に入ったのは、広々とした広場に整えられた見事な薔薇園だった。

今日は天候にも恵まれ、涼しい風も吹いていて非常に過ごしやすい陽気だ。

ここ最近忙しくしていたランドールにとっては久々の休暇であったため、ランドールは非常に気分が上がっている。


ランサーラント王国の第三王子であるランドールは、国政を担う第一・第二王子とは異なり、秘密捜査や諜報といった国の暗部の仕事を任されることが多い。

人好きのする他所行きの仮面も、そういった仕事柄身につけたものだ。

緊張を強いられる場面の多いランドールにとって、心休まる瞬間というのは大変貴重なのである。

ジュリアと手を繋いで薔薇園を歩きながら、こうやって女の子と手を繋いで純粋にデートを楽しむのはいつぶりだろうな、とランドールは思った。


薔薇園を歩き出してすぐに、ランドールは人々の視線に気づく。

ランドールは自身のその容姿が、人の注目を集めるものだと知っている。

茶色の長い前髪を片方だけ耳にかけ、濃いグリーンの優しげな目元からはそこはかとない色気が漂っている。

長身からは色白の細長い四肢が伸び、服を着ると、鍛え上げられた肉体が想像できないほど細身に見える。

歌劇に出てくる貴公子然とした佇まいだ。

薔薇園に来ている他の淑女達から溜息混じりの視線を投げかけられても、ランドールは平然としている。

どこに行っても、そうなるのが普通であるからだ。



そんなランドールでも、ジュリアに初めて会った時にはその美貌に大層驚いた。

作り物のように美しい顔に、表情の読めない瞳。

礼儀正しく淑女としてのマナーは完璧であるが、隙がなく面白みのない印象を受ける。

アリアス・ユノアルドが気に入っているらしいと聞いたが、この人形のような少女のどこを気に入ったのか?ランドールには分からなかった。

だが実際にジュリアと2人で話してみると、この少女、隙がないどころではない。

歳下の女性に翻弄されるなど、ランドールにとって初めてのことだった。

秘密捜査で様々な立場の人々と渡り歩き、時には色仕掛けのようなことをしてきたランドールでも、ジュリアのような女性に会ったのは初めてだった。



不意にジュリアと繋いだ手に小さな抵抗を感じ、足を止める。

ジュリアが立ち止まり、薔薇の匂いを嗅いでいる。

日傘を差している少女の顔は、長身のランドールからは見えない。

目の前の少女が一体どんな顔をして花を愛でているのか?ランドールは気になって、身を屈めて薔薇の匂いを嗅ぐ。

そしてジュリアに視線を移すと、その横顔の美しさにハッ、と息を呑む。

美しい瞳に被さる睫毛、形のいい鼻、赤く潤んだ唇、動いて少し赤らんだ頬、ジュリアの顔の隅々まで見ていたい衝動に駆られる。


ーーーこんなに無心で誰かの顔を見つめたことがあっただろうか。


そんなことを考えていたら、不意にジュリアの目線がランドールへ向いた。

見つめていたことがバレたのだろうか、とランドールはドキッとする。

今まで苦もなく色仕掛けをしてきたランドールにとって女性を見つめるなんていう演技は造作もないことだったが、演技ではない素のランドールが女性に見惚れていたという事実を知られるのは、凄く恥ずかしいことのように思われた。

しかしジュリアは見惚れられていたことを知ってか知らずか、全く態度を変えずにランドールと接してくる。

恥ずかしさを覚えていたランドールにとっては、そのジュリアの不変さがありがたかった。



温室に着き、ジュリアのお目当ての花を見る。

目的を達成しはしゃぐジュリアは、年頃の少女そのものだ。

他の年頃の少女では、この姿を見ても特に感想を抱かなかっただろう。

だがジュリアがこのようにはしゃぐ姿を見ると、なぜか胸が高揚する。

普段の落ち着き払って表情の見えないジュリアも確かに自然体の彼女なのだが、目の前の少女らしいジュリアの顔を見られるのはもしかしたら自分だけなのではないか、という錯覚が余計に高揚感に拍車をかける。


『ふぅん。…どれどれ。』


身を屈めてジュリアの横顔を見ると、鼻先を熟れたフルーツのような香りが擽る。

目の前の控えめな紫の花より、ジュリアの赤らんだ頬の方がずっと美味しそうだな、とランドールは思った。




***************




王都の平民が集う商店街の一角、フィッシュサンドのお店に2人は並んでいる。

人気店のようで、購入までにはまだ少し時間がかかりそうだ。


ーーーさっきのジュリアの顔、可愛かったな。


ランドールは思い出して笑みが溢れる口元を手で隠す。


ーーー『… フィッシュサンド?パンに魚が挟まっているの?』


そう言ってジュリアはその深青色の目をまん丸にした。

ジュリアの驚く表情というのはそう滅多に見られるものではないのだ。


不意にランドールの意識がジュリアと繋いだ手に向く。

指を絡めて繋いだ手は、より親密な関係を連想させる。

再び高鳴る胸の鼓動を感じ、違和感から逃げるためにランドールは視線を彷徨わせる。

すると視線を移した先で、フード付きのマントを着てフードを目深に被った人物がいるのに気がつく。

何となく気になって視線で追っていると、フードの隙間から一瞬、水色のフワフワした髪が溢れ出るのが見えた。


ーーー……!あれは…キャンディ・ララベルか?


『ジュリア。…ごめん、フィッシュサンドは後回しだ。』


ランドールはそう言うと、少し距離を置いてキャンディを追う。

ジュリアは何も言わずについてくる。

こういうジュリアの聡いところも実に好ましい、とランドールは思う。

ジュリアにも疑問はたくさんあるだろうが、ここで騒ぎ立ててランドールの邪魔をするようなことは決してないのだ。


キャンディの後を追い、路地裏へ入る。

この時間帯の路地裏はまだ人通りが少ないため、慎重に尾行しなければならない。

十分に距離を取り、追跡する。

キャンディが突き当たりを右に曲がったところで、ランドールは角に身を潜め、キャンディの行き先を見守る。

キャンディがある程度離れたため、後を追おうと角から姿を現した瞬間、急にキャンディが後ろを振り返る。

慌ててランドールは再び角に隠れ、自分についてこようとしていたジュリアを抱き止める。

キャンディはしばらく周囲を警戒した後、1軒の店に入っていく。

ランドールは看板を確認する。


ーーー『ビッグアップル』…。酒場か?


貴族であるキャンディが、平民の利用するこんな場末の酒場になぜ入るのか?しかも変装までして。

これは何かあるな、とランドールは思う。

そこでふと、抱き止めたジュリアに意識が向かう。

ランドールと壁の隙間に挟まれ、ジュリアとランドールはかなり密着している。

ジュリアに視線を落とすと、ジュリアはずっとランドールの顔を見上げていたようだった。

自分が見つめられていたと知り、ランドールは動揺した。

見つめられることには慣れているはずなのに、ジュリアの視線にはなぜこんなに動揺するのか、ランドールには分からなかった。


『後を追わないのですか?』


そんなランドールの心境を知ってか知らずか、ジュリアは普段通りの表情で声をかける。

そのジュリアの様子にランドールは冷静さを取り戻す。


ーーーあの店の中がどうなっているのか分からないから追うのは危険だ。それに…


今日はまだジュリアと過ごしたい、とランドールは思う。

再びジュリアの顔を見つめると、こちらばかり動揺させられたのが些か悔しく、仕返したいというちょっとした復讐心が芽生える。

そして、その心のままジュリアの額にキスを落とす。


ーーージュリアはどんな顔をしているだろうか?


恥ずかしがっているだろうか。

怒っているだろうか。

それとも…また変わらぬ無表情だろうか。

自分の感情が大きく揺れるのが怖くなり、ジュリアの顔を見ないままランドールはジュリアの手を引いて歩き出す。

途中、護衛に目線で「あの店を見張れ」と指示を送る。

さあ、またあのフィッシュサンド屋に一から並ばないとな、とランドールは思った。




***************




【とある夕刻 ビッグアップル】



「やあ、キャンディ。調子はどう?」


「キースゥ!会いたかったぁん⭐︎」


キャンディはキースの逞しい腕に露骨にしなだれかかり、厚い胸板に顔を擦り付ける。


「この間話した駒…オーランド様はすぐ使えなくなっちゃったの。」


桃色の瞳を潤ませ、上目遣いでキースを見つめる。


「使えなくなった?どうして?」


キースは笑顔を崩さず答える。


「スタンリー様がヤキモチ妬いちゃったみたい。オーランド様を連れて行っちゃったの。あれから学院もずっと休んでるみたいだし、もう使えないわ。」


キャンディは頬をプクッと膨らませる。


「オーランド様が任務を終わらせたら私が遊んであげるつもりだったのに⭐︎⭐︎⭐︎」


「王太子が…。ふーん…。」


キースは珍しく何かを考え込む。


「あーん、キース♡でも大丈夫!例のモノは手に入ったから⭐︎」


キャンディは甘えるようにキースの腕に絡みつく。


「…そうか。それなら、次の計画に移らないとね。」


キースはキャンディの額にチュッとキスをする。

キャンディはパァッと表情を明るくし、自分の胸をグイグイとキースの腕に押し付けるのであった。




ランドール、割と本気です(=´∀`)


毎日更新頑張ってます(*'ω'*)


⭐︎ランキング100位以内目指しています⭐︎


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