ヒロインになるために①
とある日の夕方。
男爵令嬢キャンディ・ララベルは学院の寮の自室に戻ると、テーブルの上にカード付きのバラの花束と小袋、それから封筒が届いているのに気づく。
「あら?私のファンからの贈り物かしら?」
そう独りごちて、花束のカードに手を伸ばす。
ーーー-----------
親愛なるキャンディ・ララベル様
私はキースと申します。
以前あなたのお義父様にお世話になった恩を返したいと思い、あなたに贈り物をさせていただきます。
封筒の中には『年始の宴』の夜会の招待状が入っております。
また、小袋の中には十分な量の金貨を入れております。
年始の宴のための支度金としてお使いください。
もし私に会いたければ、王都にある『ビッグアップル』という酒場のマスターに、『りんごのワインをデキャンタで』と言ってください。
あなたの夢が実現できますように願います。
それでは、いずれお会いしましょう。
キース
ーーー-----------
「キース…?」
キャンディが小袋を開けると、そこにはギッシリ金貨が詰まっている。
「わぁ!すごい!」
今度は封筒を開けてみると、中からは年始の宴の夜会の招待状が出てきた。
「カードに書いてある通りだわ…。キースは、私の役に立ちたいと思っているのね!私の夢の実現…私の夢って何かしら?」
キャンディは人差し指を口元に当てて考える。
「私の夢は王子様と結婚して幸せになることだから…。つまり、運命の王子様であるスタンリー様との恋を応援してくれるってことかしら!」
キャンディは目を輝かせて手をパンッと叩く。
「あはっ⭐︎私ってば願ったことは何でも叶っちゃうんだから!キースって、きっと神様からの使者なんだわ⭐︎⭐︎⭐︎」
***************
【年始の宴 初日・大晦日】
キャンディ・ララベルは非常に張り切っていた。
この日のために新調したドレスは、キャンディの大のお気に入りだ。
胸元に薄ピンクのフリルをあしらい、あちこちにリボンと宝石を散りばめた赤色のバルーンドレス。
物語の主人公のように愛らしい自分にピッタリのドレスだ、とキャンディは思った。
普通、夜会に参加する貴族令嬢は誰かにエスコートを頼むのが慣例だが、キャンディはこの慣例を知らなかった。
堂々と1人で会場に入ると、煌びやかな舞踏会場の装飾、豪華な食事やお菓子に目が釘付けになる。
---わあ、素敵!!ここがいずれ私のお城になるのね⭐︎⭐︎⭐︎
そんなことを考えながら、夢中でお菓子を頬張る。
夜会では高位貴族になるほど後からの入場になる。
そんなわけで、誰よりも早く入場した低位貴族のキャンディがお菓子を食べる時間はたくさんあった。
キャンディがお菓子にある程度満足した頃、会場入り口に人だかりができているのに気がつく。
いつの間にか高位貴族達が入場する時間になっていた。
人だかりをかき分け、入り口に目を凝らす。
「クラウンベルツ侯爵御一家の入場です!」
アナウンスと共に壮年の金髪男性と薄茶色の髪の女性が腕を組み入場する。
続いて、若い金髪の男女が腕を組み入場する。
---あら、初めて見るけど素敵な男性ね⭐︎
最後に、オーランド・クラウンベルツが入場する。
「オーランド様ぁ!」
周囲の黄色い声に合わせてキャンディも声を上げる。
---はぁ、オーランド様、やっぱり素敵だわ⭐︎
続々と貴族達の入場が続き、キャンディはキャアキャアと声を上げながら見続けた。
そして最後は王族の入場となる。
王族は貴族達の入場とは別に、ダンスフロアの上の階からの入場になる。
王族達が入場し、皆に手を振る。
「キャアアアアアア!!!スタンリー様ぁぁぁぁ!!!!」
キャンディは興奮のあまり大絶叫する。
なぜならば、白の正装に身を包んだスタンリーがあまりに美しすぎたからだ。
もちろん、キャンディの周りの令嬢達も口々にキャアッと声を上げていたから、キャンディだけが悪目立ちすることはなかった。
王族が入場すると国王夫妻のファーストダンスに引き続き、王子・王女のダンスが始まる。
夜会のルールを知らないキャンディは、スタンリーが他の女性とダンスを踊っていることに激しく嫉妬していた。
ーーーはぁぁぁ?何あの女?スタンリー様とあんなに密着しちゃって、何様なの??
キャンディはイライラしながら食事を頬張る。
「フン、スタンリー様は後で私にダンスを申し込みに来るんだからっ!」
キャンディはダンスを踊れもしないのに、なぜかスタンリーが自分とダンスを踊るはずと信じて疑わない。
そのうち王族のダンスが終わり、貴族達が踊り始める。
エスコートの相手もいない、ダンスに申し込みに来る令息もいないキャンディは、提供されているあらかたの料理を食べ終わって暇を持て余していた。
すると、何やら一角に人だかりができているのを見つけ、吸い寄せられるように近づく。
どうやら2人の女性が言い争っているようだ。
『そぉんな流行遅れのカビの生えたドレスなんか着て。相変わらずあんたは貧乏臭いわね!』
何やら偉そうな黄色い髪の女性が1人の女性に怒鳴りつけている。
怒鳴られている金髪の女性は、ずっと姿勢を低くして頭を下げている。
ーーー何が起こっているのかしら?
キャンディがそう思っていた次の瞬間。
『わざとらしく丁寧に挨拶なんかして、私を馬鹿にしてるの?!』
黄色い髪の女性が金髪の女性にワイングラスを振りかぶった。
ーーー危ないわっ!
その時、この世で一番素敵な声が聞こえてきた。
『これはこれは、我が妹ベアトリス。この目出度い祝いの日に、その手に持ったワインをどうしようというのかな?』
「スタンリー様だわっ!」
キャンディは思わず声を上げた。
近くで見るスタンリーは目が離せないほど美しい。
どうやら女性達の揉め事を見て、仲裁に来たようだ。
ーーーはぁん、スタンリー様は見目も素晴らしいけど心もお美しいのね♡
キャンディはもうスタンリーしか目に入っていない。
スタンリーは先ほど庇った女性と何やら話をしているようだが、キャンディの位置からはスタンリーの背中しか見えなかった。
その時、会場にアナウンスが流れる。
「ユノアルド大公御一家の入場です!」
会場の人々の視線が一気に入り口に注がれる。
スタンリーしか見えていなかったキャンディも、自然と入り口に視線をずらす。
入り口からは見たことのある美しい銀髪の青年が颯爽と入場してくる。
「あれは…アリアス様だわ⭐︎」
会場がまたご令嬢の黄色い声で埋め尽くされる。
ーーースタンリー様も素敵だけど、やっぱりアリアス様も素敵だわ…!
キャンディがホウッと溜息をつきながら眺めていると、またすぐ近くから悲鳴が上がった。
見ると、先ほどまで立っていたスタンリーが膝をついている。
スタンリーの目の前には金髪の女性が立っている。
ーーー金髪の…女?
キャンディの頭がズキリとする。
するとスタンリーは立ち上がり、金髪の女性の手を引いてフロアの中央に移動する。
そして、2人はダンスを踊り始める。
ダンスを踊る2人の姿があまりにも美しく、会場中から溜息が漏れる。
最初は呆気に取られ2人のダンスに見入ってしまったキャンディだったが、段々腹立たしくなってくる。
ーーー何なの、あの金髪の女は!私を差し置いてスタンリー様と踊るなんて!
そのうち、周囲の会話が聞こえてくる。
ーーー『やっぱり、ジュリア様がスタンリー様と婚約されるのかしら?』
ーーー『そうよ、きっと。あんなにお似合いだもの!』
「スタンリー様が…婚約?」
違う違う違う!
スタンリー様と婚約するのは私よ!
あのジュリアとかいう金髪の女じゃないの!
とキャンディは思った。
キャンディはやきもきしながらフロアの2人を見ている。
やがてダンスが終わり、キャンディがホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は銀髪の男性が歩み出て金髪の女性の前で跪く。
「ア、アリアス…様…。」
アリアスが金髪の女性とダンスを踊り始める。
キャンディは絶句する。
キャンディがこの世で最も美しいと思う2人の男性が、あの金髪の女性とダンスを踊ったのだ。
キャンディの頭の中では、その女性の場所は自分のものだった。
言葉を失って立ちすくんだまま、キャンディの初めての夜会は終わった。
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